イケメン殴る。
玉狛支部の居間に腹をくすぐる匂いが漂い始める、夕暮れ時。
駆ける足音と共に入ってきたのは、珍しく烏丸だった(いつも走っているのは小南だ)。

「どうした、京介。」

台所から木崎の声が飛ぶ。
烏丸は、軽く息を切らしたまま、普段はなかなか動かない眉毛をほんのり下げた。

「すみません、明日、急遽バイトが入って。」

なんでも、明日入るはずの人の田舎にいるお父上が急に体調を崩したらしく、田舎に帰らなければならないそうだ。
お父上の体調次第ではあるが、明日までは確実に三門市に戻ってこれない。
その代わりに入れるのが烏丸しかいなかったというわけだ。

「それで、明日の防衛任務なんですけど。」

明日は久しぶりに、玉狛第一木崎隊全員揃っての防衛任務だった。
当然、玉狛第一がいる前提で組んでいるから、一緒に参加するのはB級下位のチームばかり。
玉狛第一が彼らのフォローをするという想定のもと、予定が立てられている。
烏丸が欠ければ、そこが穴となってしまう。

「修たちの隊に、行ってもらえないかと。」

三雲隊を、烏丸の代わりに、ということらしい。
三雲隊はエースの空閑遊真を持ってしても一人では烏丸に匹敵するかどうかといったところだが、三人集まれば烏丸の穴を埋めて余りある。

「そうだな……修たちは明日は任務はなかったはずだから、後で確認してみよう。」









夕食の時間になり、続々と訓練室から三雲隊が戻って来る。
先程の話をすれば、修は烏丸先輩の代わりなんて、と恐縮しつつも承諾した。

「それで、今日なら俺も空いているから修たちの任務に代わりに行こうかと。」

「あ、はい。じゃあ、お願いします。」

烏丸の申し出にも、修は快く応じる。

「烏丸一人で三人分の範囲は流石に厳しいんじゃないの?誰かついて行ってやりなよ。」

雑誌を読みながら投げやりに言ったのは、玉狛第一の狙撃手、中織彩だ。

「まあ……そうすね。
でも先輩たちは明日も任務あるわけですし、無理にとは……」

「私は明日提出の宿題があるから無理よ。」

遠慮する烏丸に、小南が乗っかる。

「迅はいないし、俺は見ての通り、食事当番だ。」

玉狛の食事当番は、片付けまでが仕事だ。
そこまでしていたら、おそらく任務には間に合わない。

居間の全員の視線が、彩に集まった。

「……なにもないけど?」

「じゃあ彩さんお願いします、言い出しっぺってことで。」

「結局私か!まあいいや、お給料増えるし。」

彩は雑誌を丸めて立ち上がると、下げられた烏丸の頭を「一言多い、」と軽く叩いて、居間の扉を開ける。

「レイジさん、本部への連絡はお願いねー。」

「ああ。すぐメシだから早く降りて来いよ。」

「これ置いてくるだけだよ。」

雑誌を揺すって見せて、自室へと向かった。










日も落ちた警戒区域内を、飛ぶように駆ける。
不用意な侵入者がいないかどうか見回るのも、防衛任務の内だ。
周囲に目を配りながらも、任された範囲内で最も狙撃に適したポイントへオペレーターの指示で動いていく。
彩が狙撃地点に腰を下ろしたのを見計らったかのように、通信が入った。

=おちびちゃんの代わりが彩さんとか、随分豪華っすね。=

低めでともすると無感情にも聴こえる冷静な声。荒船だ。

「そうでもないでしょ。千佳ちゃんみたいなドッカン砲は撃てないもの。」

=まあ、そりゃあそうすけど。=

彩は狙撃手歴も長いし、精密狙撃では右に出るものはいないとの自負もある。
だが、己の能力を過信するタイプではない。

「というか、二人で三人分だからね。今日は頑張らないと、」

言い終わらない内に、バチバチと特有の音がして、続いてサイレンが鳴る。

===ゲート発生、ゲート発生。===

緊張が走る。
視界に表示されたトリオン兵の反応は、彩から数十メートルの距離だ。

「げっ、近いじゃん、」

=彩さん、すぐ行くんで待機してください。=

烏丸の声が聞こえるが、返事はできなかった。

彩のいるポイントは、警戒区域の端にある周囲より少し高めのアパートだ。
トリオン兵は、警戒区域の外へ向かって進んでいる。
烏丸の到着を待ってたいたら、きっと間に合わない。

彩は銃をアイビスに換え、構えた。
視界に映ったのは、バムスター。
アイビスなら、"目"に当てれば一撃でいける。
ぐ、と引き金を引いた途端、また新たにゲートが開く音がした。
ドウッと強い反動と共に、弾が撃ち出される。
新たに開いたゲートは、彩の狙撃ポイントのすぐ近く。
おそらく、先程の狙撃の瞬間も目撃された。

=彩さん!たぶんもう捕捉されてる!退避して!=

宇佐美の声が飛ぶ。
直後、激しい倒壊音と共に身を隠していた壁が吹き飛んだ。
隙間から、白い巨体が見える。

近過ぎる。
もう一発アイビスを撃つには、時間が足りない。
照準だけは合わせて、彩は舌を打った。

完全に運が悪かった。
引き金を引いてしまったら、あとは撃つしかない。
衝撃に備えてぐっと力を入れたその時、ダダダッという派手な発砲音がして、目の前のトリオン兵がぐらりと横薙に倒れる。

「……間に合いましたね。」

土埃の向こうと耳元から、同じ声がする。
彼は土煙と瓦礫を分けて、目の前までやってきた。 

「待っててって言ったじゃないですか。」


そう言って手を差し出した烏丸を、彩はビンタで迎えた。




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