05
「じゃあこの問題を‥
山本の妹の方!前に出て解いてくれ」
「はい」
私は黒板へ向かい、迷わずに解答を書いた。
解法は完璧に覚えている。計算ミスも確かめた。
解答に不備が無いことを確認し、席に着く。
「お。さすがは山本、正解だ!」
軽く会釈を返して、私は再び授業へと集中した。
「調!お薦めの問題集があるんだが、やってみるか?
集永社のなんだが‥」
「あ、その問題集、いいですよね。
わざわざありがとうございます」
「そうか、持ってたか。流石だな。
分からない所とかあったら気軽に聞いてくれよ」
「はい」
毎時間、授業が終わり休憩時間になると、先生たちは私の所へやって来ては声をかけてくる。
「問題集もう持ってるってどーゆーこと?何、予習?」
「ガリ勉なんでしょ。山本くんと違って」
良い子ぶりっこだの、頭でっかちだのと陰口を叩く人達が居るのも知ってる。
それでも私は、
「人気者だねぇ」
「‥え?」
いつもは空席のはずの隣から、声がした。
振り返れば、そこにはイタリアから来た留学生。
そうだ、そういえば昨日からこの人が居るんだった。
「別に‥そんなことないです」
「ぶっ、ははっ!」
「!?」
なにがおかしいのか、留学生は突然笑い出した。
「っはは、昨日から思ってたんだけどさ、なんで敬語?同い年だろー?」
「あ‥。えっと、くせで」
「ふーん?まぁそれならいいんだけどさ‥」
「何ですか?」
どこに笑う要素があるのかは理解できないけれど、とりあえず彼は納得したらしい。
留学生は突然声のトーンを落とすと、ひっそりと言った。
「勉強教えてくんね?」
「‥はい?」
「いやー、やっぱイタリアと日本じゃやってる事って全然違うからさ。困ってたんだよなー」
隣が頭良い子で良かったわー、などとあっけらかんと言い放つ彼の脳内では、既に私が勉強を教えることになっているらしい。
たいへん迷惑だ。
とは言え、それを口に出すこともできず。
どうしたものかと逡巡していると、首の後ろから手が伸び、誰かが首元に抱き付く形でもたれかかってきた。
こんな事をするのは1人しかいない。「へーっ、羨ましいなぁ、調に勉強教えて貰うのか」
「お兄ちゃん‥」
私の双子の片割れ、山本武その人である。
「お、あんたが調チャンの兄貴か。話には聞いてるぜ」
「ははっそっか、よろしくなー」
美形2人の爽やかで和やかな会話に、クラス中の女子が聞き耳を立てている。
それと同時に感じる、羨望と嫉妬の眼差し。
勘弁して欲しい。
別にこちらは教えるなんて一言も言っていない。
「あの、私そんな、人に教えるとかできないから‥」
「いいじゃねーか、困ってるみてーだし」
いやそうなんだけど、そういう事じゃなくて。
「ヴィンチも大変だよなー。
転入してきてすぐテストなんてさ」
「そうなんだよなぁ、参った参った!
あぁそれと、レオで良いぜ。呼ばれるための仇名だからな」
「お、じゃあ俺の事も武って呼んでくれな!山本って呼ぶ奴も多いけど」
爽やか少年同士気が合ったようで、2人はどんどんと話を進めていく。
「そうだ、どうせ勉強するならみんなでやらねーか?」
「みんな?」
「あぁ、今日ツナん家で俺とツナと獄寺で勉強する予定でさ。レオたちも一緒にどうかなって」
待て。
教える側の事情は無視か。
武自身賑やかなのが好きなのもあるが、人見知りの私に配慮してくれているのも分かる。
分かるのだが、一向に状況が変わっていないのに気づいて欲しい。
というか、むしろ悪化している。
「でも、それじゃあ沢田さんに迷惑なんじゃ‥」
当たり障りなく、かつばれないように勉強会の阻止をする。
そう誓った私は計画の穴を探した。
その時、留学生が何故かその名前に反応した。
「沢田‥?」
「あ、武の言ってたツナって沢田綱吉さんの事なんです」
「へぇ、‥」
何か考え込む彼が少し気になったけれど、今はそれより先決な問題がある。
「大丈夫だって。な、ツナ!」
「ん?なに、山本?」
少し離れた席で獄寺隼人くんと談笑していた沢田綱吉くんが、こちらへ振り向いた。
「今日の帰り、調とレオも一緒にどうかなーって」
「ん、俺ん家は平気だよ」
「ほらな?サンキューな、ツナ!」
「あ、うん!」
隣の獄寺隼人くんが怒りと自制の混じったとても微妙な表情をしているのだが、本当に大丈夫だろうか。
沢田綱吉くんは至極嬉しそうに微笑んでいた。
つい最近まで友達という友達がいなかった彼の事だ、些細な事でも嬉しいのだろう。
私にはその気持ちがよく分かる。
私も、同じだから。
私は未だ抜け出てはいないけれど。
「じゃあ、遠慮なく。お邪魔させてもらうな!」
あ、しまった。
沢田綱吉くんに気を取られている間に話がまとまってしまった。
彼らの間で話は終わったらしく、武と留学生は既にそれぞれの活動に戻っている。
かくして、男4人と女1人(しかも4人中3人がモテる)という確実に何かがおかしいメンバーで勉強会が開催される事になった。
なってしまった。
誰か助けろ。
いや、助けて下さい。頼むから。
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