『火穫り独り』
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手術室の扉が空いて、医師や看護師が白い手術台に横たわった小さな体を足早に運んできた。
普段マントで覆っている白い肌は一層青白く、生を感じさせない。
スクアーロは焦ったようにドクターに詰め寄る。

「う゛ぉお゛い、容体はどうなんだぁ?」
「スクアーロ様‥幹部の皆様、お揃いで」

「挨拶とかどーでもいーからさ、早く報告しろよ」

ベルもいつもの貼り付いた笑顔を消し、余裕が無い。
かく言う僕も、実はかなり焦っている。

思わぬ形で、ヴァリアー幹部の弱みが判明したというわけだ。


「峠は越しましたが、我々に出来るのはここまでです。あとはルナ様次第かと」

とりあえず、皆安堵の溜め息を漏らした。
ここでくたばるような奴なら、幹部にはなっていない。
ここまでくればまず安心だ。

だが、ドクターは何か言い渋っているようだった。

「どうしたんだい、ドクター」
「それが‥これは言って良いものか」

ただならぬドクターの様子に、僕らの間に再び緊張が走る。

「どうしたの、ルナちゃんは!?」
ルッスーリアに迫られ、ドクターは言いづらそうに口を開いた。

「手術前の少しのやり取りだけでしたので確証はありませんが、彼女は大きなショックを受けられていて‥

体が回復しても、任務への復帰は難しいかもしれません」














任務成功率100%を誇るヴァリアーは、事前の情報収集などから90%以上の成功確率を得られなければ作戦自体を中止にする。
もちろん、情報が多少間違っている可能性も含めて計算しての事だ。
もっとも、下っ端を使って必ず90%以上に押し上げているのだが。

だが今回は自分の希望もあり、そうした裏工作はしなかった。
仮に情報が全て正しければ実力的にも確率は90%を越えていたのだが、
持っていた情報のうち2つ以上間違いがあれば成功率はぐんと下がる代物だ。
甘く見積もって30%が良い所か。
これが自分ではなく古参の幹部のスクアーロやマーモンならばもっと確率は高かったのだろう。
己の力不足を悔いても仕方ないことだが、せめてあと一年遅ければどれだけ良かったか。

だが、暗殺の機会というのはそういつでも都合良くあるわけではない。
組織の要人ともなればなおのこと、何年かに一度あるかないかの隙を縫ってもまだ危険が残る。

奴を仕留めるには、この機を逃すわけにはいかなかったのだ。


医師たちも出払い見舞い客もなく、私は病室に一人きりだった。
独りとは良いものだ。考えが整理出来る。
まぁ所詮は言い訳でしかないのだけど。

にわかに外が騒がしくなり、けたたましい音を立てて病室のドアが開いた。
焦る医療隊員たちの中心で、彼はいつもと変わらずふてぶてしく立っていた。

「‥ボス、」


「いつから復帰できる」
「XANXAS様!!ですから、ルナ様は少なくとも半年は無理だと‥!」

「てめぇらに聞いてねぇんだよ。ルナ、どうなんだ」

彼は疑問符というものを覚えた方が良いと思う。などと空へ飛ばした思考を元に戻す。

「書類なら今すぐにでも。実務はひと月後には」
「ルナ様!!」

自分の身体の事は自分が一番よく分かってる。ドクターが必死に止めるのも分からなくはないが、仕事に穴を開ける訳にはいかない。
そんな余裕のある組織なら、自分が今此処に属しているはずがないのだ。

「大丈夫だよ、ドクター。そんなに柔じゃない。この程度で音をあげてちゃ、幹部なんてやってられないよ」

「ですが‥」
「良いから。部下に言って書類運んで貰ってくれるかい。病室でやるなら良いよね?」

ドクターは渋々ながら頷くと、直ぐに立ち去った。



「‥まだ猫被ってんのか」
ボスがぼそりと呟いた。

「猫被ってない。自分を偽っただけで」

「ハッ、違いねぇ。
‥カス共の反応が楽しみだな」
ボスは言い捨てて、珍しく機嫌良さそうに帰って行った。

病室は再び静けさに包まれる。



「‥本当、楽しみだね」






「ルナ様、書類をお持ちしました」

入口をに目を遣ると、ドクターが大量の書類を抱えよろめきながら入って来るのが見えた。

「私は断ったのですが、どうしてもルナ様にしかできぬ書類なのだと言いくるめられてしまい、こんな量に‥」

申し訳ありません、と零すドクターはそれは哀れなものだった。

「気にしないで。ここに置いてくれるかい」

私はベッドの傍にあった小机を引きずり出し、作業しやすい位置に置いた。

ふと、このドクターがかなりの古株なのに気づいた。


マフィアの暗殺部隊という特性上、全ての隊員は退職=死であり医療隊員も例外ではない。
だが、過酷な勤務や隊員たちの理不尽な暴力などにより入隊後5年以内にその殆どを失うヴァリアーの医療班に於いて、彼のような古参の隊員は至極珍しい。


「…ドクター、私は変わったかな」

ドクターはちょうど書類を置いて立ち去ろうとしたところだった。

「‥全然変わってらっしゃいませんよ。
貴女が戻って来られて、本当に良かった」

ドクターはそれだけ言うと、また私を独りにするのだった。







「‥‥アストロ‥‥‥‥」




 
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