『闇に溶ける、』
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深夜3時。
スクアーロは中期任務を終わらせて、5日ぶりにヴァリアー邸へと足を踏み入れた。
提出する書類がまだ仕上がっていないし、任務遂行はそのときに一緒に報告すれば良いだろう。
そう思い直接自室へと向かっていると、前方にふらふらよたよたと動く物体が見えた。
ピンクのネグリジェを着て、自身と同じくらいの大きさのぬいぐるみを引きずりながら歩くそれ。
普段が全身黒いだけに、違和感は尋常でない。
彼女は覚束ない足取りで広い廊下をこちらへと歩いて来、そしてスクアーロの足に激突した。
「‥‥う゛ぉ゛おいルナ、髪引きずってんぞぉ」
スクアーロ自身もかなり髪が長い方だが、さすがにこいつには負ける、と思う。
いつもは髪を高い位置でポニーテールにしているため、なんとか踝くらいまでの長さになっている。
しかし、ほどけば彼女の髪は地面に垂れてしまうほど長い。
当然、今のように髪をほどいたまま歩き回れば髪を引きずることになる。
反応のないルナに、スクアーロはもう一度声をかける。
「う゛ぉ゛ぉおい‥起きろ、ルナ」
やはり反応のないルナの顔を覗き込んだ瞬間、突然覚醒した。
「すく、あーろ‥?」
「!!!?」
スクアーロは咄嗟に赤面し、身を引いた。
「‥なに?」
「いや‥てめぇ、こんな時間に何してやがんだぁ?」
その質問に、ルナは寝ぼけ眼で辺りを見回した。
「‥おかしいなぁ。ベッドに寝たはずなのに」
「夢遊病かぁ?」
毎日続く暗殺任務に耐えきれず精神を病む者は、この環境には少なからずいる。
スクアーロは、きっとルナもそのクチだろうと判断した。
「いや‥‥そう言えば、ボスに呼び出された気がする」
ルナはぼんやりと何気なく、恐ろしいことを言ってのけた。
「う゛ぉ゛ぉい‥それはヤバいんじゃねぇのかぁ?」
ここはボスの部屋からはだいぶ離れている。
確かルナの部屋はもっとボスの部屋寄りだったはず‥‥
ということはつまり、
「(寝ぼけて逆方向に歩いてたってことかぁ)」
ボスは非常に短気だ。
いくらザンザスがルナを気に入っていようと、これは非常にまずいだろう。
スクアーロは諦めをつけると、ルナを抱きかかえてザンザスの部屋へ向かった。
「‥‥‥何してるんだい、スクアーロ」
「てめぇが逆方向によろよろ歩いてっから運んでやってんだろうが」
足の長さ故か、あっという間にザンザスの部屋の扉まで着いた。
ほらよ、とスクアーロがルナを降ろすと、彼女は至極小さい声で何かを囁いた。
「‥‥ッ」
スクアーロは一瞬停止した後、さっと踵を返す。
全身が熱くなるのを感じた。
それをぼーっと見ていたルナが珍しくも嬉しそうにはにかみ笑っていたのには、誰も気づくことはなかった。
刹那ありがとう、だなんて(あんなん反則だろぉ‥)
(スクアーロって意外と紳士だね)
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