『揺らぐ月、』
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スクアーロは苛立っていた。
それはもう、どんな女も近寄れないほどに。
せっかくの美貌が台無しだ。
まぁ、そんなこと彼は毛ほども気にしてはいないのだが。
普段ならば、ボスに並ぶ短気の彼がどんなに苛ついていようと自分もここまで気にしたりはしない。
しかし、ここはボンゴレの主催するパーティの会場。
同盟ファミリーの上層部などが一堂に会している。
「ねぇ、スクアーロ?」
ルッスーリアはこれ以上彼を放っておけばボスの逆鱗に触れて事態が最悪の方向に向かってしまう、と意を決して話しかけた。
「あ゛ぁ?」
「どうしたの?随分機嫌が悪いみたいねぇ」
「…別に」
別にと言いつつ、スクアーロは苛立ちを隠そうとはしない。
彼がここまで苛立つ原因は、最近ではあの少女の事だけだ。
2人はすこぶる仲が悪い。
というより、スクアーロが一方的に嫌っているだけで彼女はどうでも良いようだが。
「そんなにルナちゃんのエスコートが嫌だった?」
ぴくり。
“ルナ”という名前に、スクアーロはこれでもかというくらいに眉を顰める。
「あら、図星?」
「‥‥だったらなんだぁ?」
「大人気ないわよ、スクアーロ」
本来ならば幹部内唯一の女性であるルナはザンザスがエスコートするはずだったのだが、彼がこんなパーティーに乗り気なはずがなく。
会場に着いた途端に椅子を手配し即眠りについた。
そこで、実質NO.2であるスクアーロにその役目が回ってきたのだ。
当然レヴィはNO.2にスクアーロが選ばれたことにいきり立ったが、無骨で鈍重なレヴィでは小柄なルナを押しつぶしてしまいかねない、とマーモンが全力で阻止した。
今頃彼は医務室で悪夢にうなされているだろう。
ひたすらマーモンへの愚痴を呟いていたスクアーロだったが、はたと気づいて文句を言い始める。
「‥ベルが相手すれば良いだろぉ」
「あら。じゃあベルがヴァリアーのNO.2だっていうの?」
「それは…っ」
名誉じゃないの、と言いくるめればスクアーロは押し黙ってしまった。
「見てみなさいな、ルナちゃんとっても可愛いでしょう?」
ルッスーリアが指差した方には、俗にゴスロリとも言われるフリルがふんだんにあしらわれた黒のドレスに身を包み、普段は無造作に結んでいる髪を巻いてツインテールにしたルナが男たちに囲まれていた。化粧も手伝って、いつもよりぐんと女らしい。
身長がスクアーロの腹ほどしかないので美しいというよりは可愛らしいのだが、ルッスーリアは自分の見立てに満足していた。
やはり漆黒の彼女には黒のドレスが良く似合う。
さながら人形のようだった。
「…黙ってればなぁ」
そう、問題はそこだ。
彼女は口調も嫌みな性格も、師匠と呼び慕うマーモンそっくりなのだ。
いや、任務に忠実な点は違うか。
付き合いが短く弱味もわからない分、マーモンよりも数倍質が悪いとも言える。
とにかく、その性格がスクアーロに彼女を苦手だと思わせている要因の一つであることは否めない。
そのとき、突然スクアーロが声をあげた。
「‥!う゛ぉぉい、伏せろガキィ!!!」
ルナの方を見れば、近くで何か―――いや、誰かが爆発するのが見えた。
瞬間、軽い舌打ちと共に少女の姿が見えなくなった。
爆風や煙のせいだけではない。
確かに見えなくなったのだ。
どうやらその誰かは相当威力の大きな爆薬を使ったらしい。
あまりの爆風に、少し離れていた自分たちもまともに前を見ることができない。
やっと爆風が収まり爆発地点を見れば、そこにはボロボロのドレスを着て、同じくいやそれ以上にボロボロな服を着た男の首もとを掴んだ漆黒の少女の姿。
「ルナちゃんっ!!?」
「…君さ、面倒な事しないでくれないかな」
ルナは何事もなかったかのような相変わらずの無表情で話しだした。
「任務以外では人を殺したくないんだよ」
ルッスーリアは少し驚いた。
自分はまだ1度も一緒に任務に行った事はないが、他の幹部から聞いた話では彼女は人を殺すことに抵抗は全くみせず、むしろ任務を楽しんでいるようだという。
てっきり、ベルのような戦闘狂なのかと思っていたが。
「僕が火薬に詳しくて良かったね。僕がいなかったら爆風だけじゃすまなかったよ」
どうやら今のは爆風だけを発生させ、被害を抑えたらしい。
火薬を主な武器とするルナだから出来たのだろう。
「なぜ…俺を助けた…っ!?」
「僕には君を助ける術があった。見殺しにすれば、僕が君を殺したことになるからね。それだけだよ」
ルナはひたすら無表情に言った。
そこに慈悲や情けがあるのか、端から見ている自分には分からなかった。
「9代目。こいつはどうすれば良いんだい?」
ルナは男から目を離さずに言った。
あんな爆風の後だ、当然会場の全ての目がこの少女と男に注がれていた。
もちろん、それは主催者のボンゴレ9代目とて同じ。
ルナはその視線に気づいていたようだ。
「あぁ‥私が引き取るよ。すまない、面倒をかけさせたね」
「僕は気にしてないよ。
せっかくルッスーリアが用意してくれたドレスがボロボロになってしまったのは惜しいけどね」
ボンゴレの頂点に対してこの態度。
普通なら確実に許されないことが認められてしまうのは、少女がこの会場の人々の命を救ったからか、それとも少女の放つ独特の空気からか。
「ム‥‥さすがルナ、と言いたいけど、その格好には感心しないね」
「うししっでも幼児体型だから全然エロくねーじゃん」
ベルに抱えられながら、マーモンがやってきた。
マーモンは彼女の露出の多くなった姿に、顔をしかめた。
「師匠!‥じゃあ帰ろう」
「よくわかってるね」
軽いアイコンタクトだけで意思疎通ができるのは流石といったところだが、周りから見ている者にとっては何が“じゃあ”なのか、全く不明だった。
要するに、マーモンは彼女が肌の露出をするのを良しとせず、肌の露出を止めさせる為に帰る、という事なのだろう。
ルナは実にスマートにベルからマーモンを奪い、そのままスタスタと帰ろうとする。
「う゛ぉぉい、クソガキィ!」
独特の怒鳴り声に彼女は一旦立ち止まり、相変わらずの無表情で振り返った。
「何か用かい、スクアーロ」
「このままにして行く気かぁ!??」
周りを見渡せば、爆風により会場は混乱を極めていた。
女たちの中には、爆風に耐えきれず飛ばされ壁に打ちつけられてしまったものもいる。
瞬時に周りの状況にまで気を回せるのは、スクアーロの長所であると言える。
「‥君たちでなんとかしなよ。
僕はもう疲れたんだ。帰るよ、ボス」
いつの間に目覚めたのか、自分とスクアーロのすぐ後ろにはザンザスの姿が。
「…勝手にしやがれ」
「「じゃ、おやすみボス」」
それだけ言うと、2人は本当に立ち去ってしまった。
「チッ、あいつらぁっ‥!」
結局、スクアーロはさっき以上に苛立ってしまった。
だが、さっきのルナのはだけた姿を見て動揺していたのは、自分の見間違いだろうか。
ルッスーリアは少し嬉しくなって、いそいそと片付けを始めた。
染める闇(漆黒の彼女と白銀の彼)
(それは夜空と月のようで)
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