04



私がこの世界に来てから、1ヶ月ほどが経った。
ひと月っていうのは思っているより長いようで短くて。

ここの生活自体は自然に調和したものだったから、それ程困りはしなかった。
超長期・大規模のキャンプだと思えば、大したことはない。
衣食住もきちんと提供されていたし。
下着が無い、とかそういう不自由はあったけれど。

ただ、言語の方はそうは行かない。
なんとかブックマンとディックの言いたいことは察せられるようにはなったものの、会話となるとまだかなり厳しいものがあった。


ここの集落の男たちは頻繁に出掛けて行った。
帰ってくる人数が行きより少なかったり、怪我人が多かったり。
言葉はわからない、ブックマンたちとしか基本的に接しない。
それでも、戦をしているらしい、というのはすぐに気付いた。
ブックマンはそれを記録しに来たのだろう。

いつも彼らは集落から少し離れた所で戦するので、集落から出なければ危険は殆どなかった。
でも、今朝共に食事を取った人が夜になっても帰って来ない、物言わぬ人となって帰ってくる。そんな非日常の積み重ねが、着実に私を闇へ落としていった。
言葉も通じない、身元不明の居候に親切にしてくれるような良い人ばかりだから、尚更。

日に日に落ち込んでいく私を見て、ディックたちがどう思っているかはわからない。
ただ、冷めた目で淡々と記録していくだけだ。
そんな2人に、恐怖心を抱いてしまう事も少なくなくなってきた。






そんなある朝。

私はけたたましい銃声に起こされた。
目を開けると、そこには一面の青い空―を、覆い隠すようにいる大量の機械たち。
何がなんだかわからなくて、呆然と空を仰ぐ。

え、私外で寝たっけ。
いや確かにちゃんとテントの中のハンモックに寝たはず。
それより何より、この機械。
なんだか見覚え有りすぎる姿なんですが。
アレだよね、AKUMA……みたいな。

ちなみにかれらはLv.1だ。
画一的な彼らは、真下に居る私には気付かずに、どこかへ一斉攻撃している。

絵で見るよりもずっと気持ち悪くて、生々しい。
これに更に朽ちた魂が視えたら、それはもう確かに間違いなく地獄だ。
外気に晒されたコードやチューブが、魂を縛り付ける鎖に見えた。

背後から何やら不吉なギギギという音がして、振り返れば1体のアクマと目が合った。

「……デスヨネー。」

気付かれない訳がなかったのだ。
目の前に"食材"が何の抵抗もなく転がっているのだから。

ジャコン、と撃つ気満々なアクマ様。
対抗策を持たない私が言うのもアレだが、この程度(Lv.1)に殺られるなんて嫌だ。

無駄だとは知りつつ、立ち上がり得意の蹴りをいれてみる――
が、アクマの手前の"何か"に阻まれて、当たらない。
確かにイノセンス無しでは攻撃にはならないかもしれない、でも当たるぐらいはして欲しい。
困惑し、アクマから視線を逸らした瞬間、アクマの体がぐっと脈打つのが視界に入った。

――あぁ。

私は何故かものすごく冷静に、状況を判断していた。

――あぁ、私は殺されるんだ、ウイルスの入ったミサイルで。

この距離ならウイルスが作用する前に弾丸の衝撃で木っ端微塵だろう。
ウイルスのおかげで腐る肉が残らないのは幸いかもしれない。
ぎゅっと目を瞑り、来る終焉を待つ。

しかし、激しい爆音は何かに当たり砕けて、私に届く事はなかった。

顔を上げればそこには無数の白い糸が重なり合い、層を成していた。
体が熱く火照る。
何かが、私に"大丈夫"だと語り掛けていた。

「イ、ノセンス……?」

糸はそうだ、と主張するように輝きを増す。

「これは、――」

恐る恐る触ると、糸は粘着質で柔らかくかなり細い。
まるで蜘蛛の糸のようだ。と思う。

アクマは体当たりで糸のバリアを破ろうとするが、逆に自分がどんどん傷ついていく。
確かに、この糸は私を守っていた。
一か八か、願いを叶えるというイノセンスに今一番の祈りを込める。

「……壊して。」

上手くいく保証はない。
ただ、なんとなく、できる気がした。

案の定、声に合わせるかのように糸はアクマを包み始めた。
最期にギャアァァッと雄叫びをあげて、アクマは消滅――いや、溶けて無くなった。



だがまだアクマは周りにたくさんいる。
もちろん先程の騒ぎにアクマたちが気づかないわけがなく、こちらに大注目してくれちゃっている。

「はぁっはぁ、はは……もう、勘弁してよね。」

息が荒くなっているのが自分でも分かる。
異常ともいえる消耗の速さ。
どうやらこのイノセンスは、ミランダやチャオジーと同じ――装備型のようだ。

必死で手を振れば、その通りに糸が動く。
ならばと、糸を鞭のように振って周りにいるアクマたちを溶かしていった。
しかし相手の数も半端ではない。
どれだけ溶かしてもまだまだアクマはいる。

「(糸なら、もしかして蜘蛛の巣みたいにできちゃったりして……?)」

考えたことが伝わったのか、すぐに蜘蛛の巣は完成した。
それも、イノセンスの糸でできた蜘蛛の巣だ。
アクマにとってはまさに死の罠。

自分を中心に仕掛けた巣を、何かが引っ張る。
数は、1,2,3‥‥16。
まさかとは思ったが、どうやら罠に掛かったアクマのようだ。
アクマがイノセンスによって溶けていくのも感じる。

どろどろと、機械が溶けてゆくリアルな感覚が身体の中に広がる。
もちろん心地いいはずがない。
たいへん気持ちが悪い。
吐き気とか、そんなレベルじゃない。

が、それを考えている場合でもない。
体力ももう限界に近づいている。
辛うじて立っている状態だ。
早急に終わらせなくては、此方が保たない。

「壊れろォッ!」

思いが通じたのか言葉が通じたのか、一瞬ですべてのアクマが破壊された。

「はあっ……」

力が抜けて、へたりと座り込む。
こんなに疲れたのはマラソン大会以来だ。

突然、目の前が暗くなった。




「Who are you.」







 《作動開始》


廻りだした運命。

その先は、闇か光か







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