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各々が束の間の休息を楽しむ賑やかな声が、廊下の先からもよく聞こえる。
この本部で恐らく最も人が集まる場所、食堂。
久しぶりの喧騒はやや耳に痛いが、それもまた心を弾ませた。

ようやく松葉杖があれば歩けるまでに回復し、医療班からも通常の食事を摂って良いと許可が出たのが、今朝の事。
まだ体重を掛けると鋭い痛みが走るものの、気を付けていれば本部内を歩き回るのには困らないだろう。
歩みがゆっくりなのがもどかしいが、少しずつ動かしていかないと、治ってもまた任務で足を引っ張ってしまう事になる。
今はリハビリが大事な時期だ。

普段の1.5倍くらい時間を掛けて、食堂の入り口へと辿り着く。
復帰一発目の食事は、何が良いだろう。
上半身は健康そのものだから食べるのは何でもいけるけど、運ぶ時に揺れるのを考えたら汁物は難しいかな。
皿は深めが良い。

「アラ!凛ったら久しぶりじゃない!?
もう足はいいの?」

「だいぶね。杖があれば歩いて良いって。」

料理長のジェリーが真っ先に顔を出す。
ジェリーがいるとは、ツイてるな。
彼女は大抵のリクエストを叶えてくれる。

「ジェリーさ、丼ぶりってできる?」

「ど・ん・ぶ・り……器はあったわね。
どんなのがお好み?」

器あるのか、助かった。
丼ものはバランスが偏り易いから、野菜は多めがいい。
その辺は言えばジェリーが栄養たっぷりに調整してくれる。
後は味付けか。
医療班が持ってくる料理の味気ないことと言ったら、梓の手料理より酷かった。

ここは一つ、パーッとガッツリ味だな。

「野菜たっぷりでバランス良く。
味付けはめちゃめちゃ濃い目ね。」

「ハイハーイ!」

ジェリーはバチッとウィンクをして顔を引っ込めた。


手持ち無沙汰に席を探す。
食堂を見回すと、厨房のすぐ傍のテーブルの一角に、古今東西のあらゆるグルメが山のように積んであった。
あの量は明らかに寄生型エクソシストだろう。
それも、私の知っている寄生型エクソシストはあんなに無節操なチョイスはしない。
となると、山の主は一人。
検診の後真っ先に食堂に来たかいがあったと言うものだ。

程なくして手渡された丼ぶりの芳しい香りを堪能しつつ、私はその山へ向かった。
先ほどよりも山が小さくなっている。
驚きの食事ペースだ。
喉に詰まらないんだろうか。

初対面としては正面か斜めの席を取りたいところだが、この山では素直に横に並んだ方が良さそうだ。

「隣、いいかな。」

「ふぁい、ふぉうふぉ。」

こちらをしっかりと見つつ、それでも食べ続ける少年に顔が引き攣るが、そのまま左隣にトレイを置いた。


さて、どう着席しようか。
いつもなら片足ずつベンチを乗り越えて入れるところだが、そうもいかない。
いろいろ試行錯誤して、結局テーブルに背中を向けて座ってから足を順番に回し入れ、なんとか食事をとれる体勢になった。

「アレン・ウォーカーくんだよね。」

「ふぁい、ふぉうふぇふぶぁ(はい、そうですが)。」

隣の少年は、相変わらず口をもぐもぐさせながら首を傾げた。
器用だな。

「私は探索部隊員の凛。
任務で一緒になるかもしれないし、よろしくね。」

所属部隊に、少年の灰色の目が見開かれる。
手を差し出せば、流石に口の中のものを飲み込んでから、手を拭って重ねてきた。

「よろしく。えーと……」 

少年の視線がちらりと私の動かない足へ揺れる。

「任務でヘマしてね。もうだいぶいいし、心配しなくていいよ。」

そう言って手を払うと、アレンは更に眉を下げた。

「探索部隊員には、女性もいるんですね……。」

彼の脳裏に浮かんでいるのは、過去に救えなかった探索部隊員だろうか。
気にしなくていいのに、それが探索部隊員の仕事なのだから。
私みたいにのらりくらりと数年も生きてる方が珍しい。
探索部隊員なんて、そんなものだ。

「珍しいでしょ?今は私だけだから。」

過去にはいたらしい。会ったことはないが。
大抵の女性は、もっと他に向いた仕事があるから、そっちをやる。

私は個人的な希望だ。
私の唯一誇れるスキルも、探索部隊向きだったし。

紳士然とした少年としては腑に落ちる話ではないらしいが、他者の仕事に口を出すのも憚られたんだろう。
その後は、互いの食事が終わるまで一言も交わすことはなかった。






その後も何度か顔を合わせたが、彼は直接言わずに私の身を案じ続けたし、私はそんな彼を鬱陶しく思い続けた。

予想はしていたが、彼とは馬が合わないんだろうなと思うしかなかった。







堂々巡り





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