18



初任務からの帰り道、私は隣からのぴりぴりしたものを感じながら、肩身の狭い思いで縮こまっていた。
怒っている理由には、なんとなく察しが付いている。

若覚さんをアクマかもしれないと言っておきながら距離を詰めていたこととか、神田さんの刃から僧侶たちを庇った結果伯爵のゴーレムを取り逃したこととか。
彼が気に入らないだろう行動を取っていた、という自覚はあった。

でも、私は反省も後悔もしていない。
私のあの時の判断は間違っていないと、自信を持って言える。


神田さんのウイルスへの耐性っていうのは、神田さんの命を消費して成っている。
回避できる方法を私が持っているのに、無駄に命を削ることはない。
だから、慣れない嘘をついて中に引き入れた。

僧侶たちを庇ったのは、人として当然だと思っている。
確かにあの弦を持ち帰れれば研究の役には立つだろうけど、それは無垢な一般人を傷付けて得るものじゃあない。

それに、私があそこで入らなくたって、きっと神田さんはあのゴーレムを捕らえきれなかったと思う。
今回は、盗られたのがイノセンスじゃなかっただけマシだと思っていただきたい。

後は、今の私にはどうしようもないことだけど、この拙い英語も気に障っていると思う。そこは申し訳ない。
言葉が通じないっていうのが結構ストレスのたまることだっていうのは、私もよくわかっていた。

が、頑張ろう……。
まずは、言葉の壁をどうにかしないと。
私の考えも、神田さんに伝えられないのだから。


そんな事を考えながらも、相変わらず馬車は激しく揺れる訳で。
休憩を挟む度に神田さんの苛立ちが募っていくのを感じて、私は更に萎縮するのだった。








やっとのことで汽車の通った街まで辿り着いたが、次の汽車まで随分時間があるらしい。
私と神田さん、そして付き添いの探索部隊の方は、近くの酒場に入って時間を潰すことにした。

まだ時間が早いからか、酒場は閑散としていた。
同行の探索部隊の方は、行きと同じ方だった。
任務のことや、馬車に乗るときに酔わないように気をつけている事など、いろいろと気遣って話し掛けてくださって、とても有り難い。

「……おい、新人。」

弾んだ会話が、ふつりと途切れる。
眉間に皺を寄せて腕を組む神田さんの機嫌は、一向に良くならない。

「今回上手く行ったのは、偶々お前の能力と相性が良い現場だったからだ。」

忌々しそうに吐き出された言葉は、自分でもわかっていた事だった。
それに、今回の任務は、きっと神田さん一人でも遂行できた。

「一人で戦えないんじゃ、使い物にならねえ。」

「はい。どりょくします。」

私の能力は、消極的すぎる。
もっと、自分から攻撃できるようにならないと。
Lv.2以上とは、渡り合えないだろう。

忠告を素直に受け入れたのもまた気に入らなかったのか、神田さんは視線を外して舌を打った。
うーむ、難しい。


ふと、酒場の外から子供の声がした。

「ねえママ!今日のご飯はなに?」

「あなたとパパの好物よ。さて、何かわかるかしら?」

手を繋ぎ、くっついては離れ、弾むように歩く親子。


全身から血が抜けるような気がした。



私にも、大切な家族がいたのに。
今まで一度も、思い出した事がなかった。
すっかり、忘れていた。








それから、どうやって帰ったのかは記憶にない。
気が付いたら、本部の私の部屋で壁を見つめていた。

毎日生きるのに必死だった。
それにしたって、あんなに大好きだった家族を、なんで忘れていたんだろう。

よく怒りよく笑う父、少し抜けている母、しっかり者の姉。
家族に恵まれ、大切に育てられたという自覚はある。
私も家族が大好きだった、それなのに。

今も鮮明に思い出せるその顔に、会いたいという気持ちが、ちっとも沸かない。


よく考えたら、私は"此方"へ来る直前の記憶がない事に気が付いた。
何か、何かきっかけがあったはずなのに。
その日の事は曖昧で、思い出そうとしても靄が濃くなるだけだった。


何かが、おかしい。
欠落した記憶のどこかで、己の身に何かが起こったのだと、私は確信していた。







欠落

失くしたものを

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