16



暗闇に蠢く機械たち。
誰を殺すでもなく、ただギィギィと音を立てながらその場に浮遊している。
暗闇に慣れた目には、その異様さがよく見て取れた。

ぱっと、人一人分の道が開ける。
生身の人間が一人、アクマの集会に飛びこんで行っているにも関わらず、どのアクマにも攻撃の意志がない。
まるで、飼い主を待つ犬のようだった。

墓地の中心辺りまで進むと、若覚は茣蓙を敷いて腰を下ろした。
ビン、と一つ、琵琶を鳴らすと、聞き入るように、アクマたちは動きを止める。

「イノセンスじゃねえな。」

神田さんが、ぼそりと呟く。

「イノセンスなら、アクマはもっと抵抗するはずだ。」

確かに、アクマにとってイノセンスは天敵のはず。
それをああも抵抗なく受け入れるとは、考えにくい。

「じゃあ、はくしゃくがわのなにか……と、いうところでしょうか。」

「かもな。」

全てのアクマを統括する伯爵の手心が加えられたものならば、アクマが心待ちにし、従ってもおかしくない。
でも何故、あの僧侶がそんなものを持っているのだろう。

寺で会った若覚は、静かで凛とした佇まいに、思わず此方も居住まいを正してしまうような、そんな清廉さを持っていた。
あの人が伯爵側の協力者だったら、もう人を信じられなくなりそうだ。

「面倒だが、とりあえずあの坊さんは避けてアクマを倒す。いいな。」

「はい。わたしが若覚さんをまもりますから、神田さんは神田さんのやりやすいようにやってください。」

一箇所に大量のアクマが集まっているこの状況は、私のイノセンスが力を発揮しやすい。
初任務から、ツイている。




「「イノセンス発動。」」

対アクマ武器を宙へ投げ発動すると、無数の糸となって飛び散った。
まずは、地面に這わせ罠を仕掛ける。若覚を中心に、蜘蛛の巣のように。

神田さんは手元の刃をなぞり、颯爽と駆け出した。

「(全部は罠に掛けなくていい。壊す必要もない。
神田さんが着いて壊すまで、動きを止める!)」

近場から斬り進む神田さんに合わせ、私は若覚さんの元へ向かう。
襲撃者に気付いたアクマが、ざわめき立つ。
琵琶の音色は、途絶えていた。



アクマの残骸を掻き分け、漸くその姿が見えた時、若覚は眉を寄せ、見えない目を鋭く尖らせていた。
今にも、騒音のする方――神田さんとアクマの戦闘域に、突っ込んで行きそうだ。

「若覚さん!そこを動かないで、貴方の命が危険です。」

鳴り続ける破壊音と、揺れる地面。
若覚さんには、それしか情報がない。
きっと、不安で仕方ないだろう。
そんな時、人は自らに近づくものを無差別に攻撃する。
先手を打って、声を掛けなければ。

ああでも、この人には言葉が通じない。
私の声も、ただ名前が呼ばれた事しか認識できないだろう。
もどかしさに顔を歪めた時、私の後ろから声が飛んだ。

「若覚、別動!」

力強くてしなやかな、耳に馴染む声。
振り返れば、凛が私のすぐ後を追ってきていた。
そして、その背後には、一体のアクマ。

「凛!そのままこっちに走って来い!」

若覚さんのガードの為に残しておいた糸全てを集め、凛の前に張り巡らせる。
弾丸は弾かれ、その光る壁の前へ力なく落ちた。
糸の壁を凛の足に合わせて此方へ寄せ、そのまま若覚さんを含め取り囲む。
ほうと息をついたところで、私は凛の頬を打った。

「この、馬鹿!生身の癖に飛びこんで来るなんて!」

凛は少し驚いた後、へらりと笑った。

「通訳は必要だったでしょ?」

ぐっと息を詰める。
確かに、私では若覚さんに指示を出せない。
この状況で、それはかなり危険だった。

「……結界装置も、一応起動させて。
私の糸の半分くらいしか使えてないから、保つかわからないの。」

凛の判断が正しいとは思わない。
でも、もう来てしまったのだから、どうしようもない。

私が、二人共守りきればいい。

凛ははいはいと軽い調子で、結界装置を起動させた。

糸の結界の外を窺うと、神田さんがかなり苦戦しているのが見えた。
先ほどまで大人しかったのが嘘のように、アクマたちは飢えを露わに襲いかかっている。
私の罠に掛かっている個体も、そこから動けないだけで、砲撃はできるのだ。

「……ねえ、若覚さんに、琵琶を弾くように頼んでくれない?」

アクマたちは、若覚の琵琶が鳴っている間は、殆ど動くことはなかった。
やってみる価値はある。



一言二言の会話の後、べべん、と独特の音が鳴る。
アクマたちの動きが、ピタリと止まった。

その機を逃す神田さんではない。
目にも止まらぬ速さで、墓地を駆け抜けた。
私も、此方を守らなくて良いならと、罠の出力を上げる。


数分と経たず、墓地は斬り落とされた機械の残骸と、溶けた金属で埋め尽くされた。







墓場の宴

生き血を啜り

琵琶に踊る







*prev | next#

-back-



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -