真新しいコートに身を包み、私は馬車に揺られていた。
私の初任務のパートナーは、神田さんが務めてくださるらしい。
他の任務地から直接向かう神田さんと合流するため、私は今、アジア支部に向かっている。
ところで、この、馬車というものは。
「だ、大丈夫ですか、梓さん?」
「……がんばります。」
とても、酔う。
ガタンガタン揺れる度に、脳みそや内臓が掻き回されるようだ。
それに、あまりの振動に身体が跳ねて、あちこちぶつけて痛かった。
途中までは汽車(これもまた結構揺れたけれど、まだ平気)だったのだけれど、アジア支部に近付くと汽車はもうなくなってしまうらしく。
かと言って歩きでは神田さんをお待たせしてしまうだろうから、仕方ない。
私が堪えれば、それで丸く収まるのだから。
「うっ……」
「ああああ、だめですか!?
止めます、止めて!止まってくれ!!」
……アクマ退治の前に、乗り物に慣れないといけないかもしれない。
やっとの思いでアジア支部近くの河原に降りた時、私の胃は空っぽ、全身は痣だらけでじくじくと脈打っていた。
「えーと、それでは、アジア支部へお連れしますね?」
心配そうにちらちらとこちらを窺う探索部隊の方に、申し訳無さが募る。
満身創痍で言葉も出ない私は、ただこくこくと頭を縦に振った。
「支部には神田さんと今回の任務を担当する探索部隊の隊員が待機しています。
詳しい説明は、そちらからある筈です。」
と、いうことは。この探索部隊の方は、私を支部まで送るためだけに駆り出されたらしい。
「あ、ありがとうございます。ごめんなさい、おくりむかえだけ、させてしまって。」
彼は虚を衝かれたように目を見開いて、その後くしゃりと笑った。
「気にしないでください。これも仕事の内です。
……そんなことを言って下さるエクソシストは、なかなかいない。
こちらこそ、ありがとうございます。」
また、じんわりと。胸が熱くなった。
私は、私たちエクソシストは、色んな人の期待と希望を背負って、多くの人に支えられている。
「では、参りましょうか。」
「……はい。」
目を回している場合では、ない。
アジア支部で待っていたのは、相変わらず仏頂面の神田さんと、探索部隊の団服に身を包んだ凛だった。
「おー、お疲れだね梓。馬車の乗り心地はどうでしたかな?」
にやにや笑って小突いてくる凛の腕を、押し戻す。
「……いずれ、なれるわ。」
そりゃあ、良くはなかったけど、正直に言ってはわざわざ運んでくれた人に悪い。耐性のない私が悪いのだから。
凛はつまらなそうにふーんと言って、すぐに資料を手に取った。
アクマの巣窟と推測される村。
アクマの殺戮衝動を抑える琵琶の音。
資料から予想できるのは、その琵琶がイノセンスである可能性くらいだろうか。
「二人には、まず、琵琶を鳴らしている奴について、調べてもらいたい。」
資料にざっと目を通したところで、凛が詳しい説明を始めた。
「こっちである程度、当たりはつけてる。
村の外れに、ボロいが最近まで村の信仰を集めていたらしい寺があってね。琵琶の音は、そこからしてる。」
質問はある?という問いには、首を横に振った。
資料には、背景や発見の経緯がわかりやすくまとめられていた。
必要な情報に絞って記載されているけれど、よく調べられているのがわかった。
イノセンスを持たない探索部隊が核心の人物に接触するのは、危険すぎる。
ここからは、エクソシストの仕事だ。
と、言いつつも。
現地の言葉に明るいのは凛だったから、彼女に通訳をお願いして、私達は住職を訪ねた。
住職の様子に、おかしなところはない。
人間か、或いはLv.2以上のアクマか。
いつ襲われても良いように、対アクマ武器に手を添える。
腰のホルダーに提げた、真っ黒なロープ。
そのずしりとした重みに、唾を飲み込んだ。
「住職の話では、ここには若覚っつー、盲目の僧がいるらしい。で、そいつが夜な夜な寺の墓地に出掛けては、琵琶を弾いているんだと。」
夜毎出掛けるものだから、昼間は寝ているらしい。
僧侶のくせに昼夜逆転とは、随分不摂生なことだ。
「そいつは必ず、住職に墓地には来ないように言い含めてから行くんだそうな。
だから住職は奴がそこで"何"相手に琵琶を弾いてるのかも知らない。
聞いても、御霊を安らげている、としか言わないとさ。」
凛は眉を顰めて、先程までいた本堂をちらと見上げた。
その盲目の僧、若覚が目覚めるまでは、私達も動きにくい。
寺の境内で、待たせてもらうことにした。
「どうでした?」
「人気がねぇな。随分静かだった。」
言いながら、神田さんはばさりと団服を羽織る。
神田さんには、団服を脱いで村の様子を見に行って貰っていた。
団服を着て行って、早々にドンパチやられても困るからだ。
まだ、琵琶の謎が解明できていない。
何かやる事がある訳でもなく、かと言って気は抜けない。
嫌な空き時間だ。
「……あ、おもいだした。」
それまで引っ掛かっていたものが、解けるような感じがした。
「あ?」
「あ、たいしたことじゃあ、ないんですけど。
このはなし、なにかににてるなとおもってて。」
盲目の僧侶と琵琶、それに、墓地。
「……なんだか、耳なし芳一みたいね。」