梓たちが入団してから、科学班は忙しそうだ。
イノセンスの解析と対アクマ用武器化、団服の用意もある。
それも一気に三人分となれば、日頃から目を回すような忙しさの科学班メンバーの目の下が一様に青黒くなるのも仕方がなかった。
探索部隊の仕事に変化はない。
一緒に任務に行けるようになるまでには、まだ暫くかかるだろう。
「あっ凛!丁度よかった!」
満面の笑みで走ってくる梓は、心なしか"こちら"へ来る前より痩せたように見える。
元々太っている訳ではなかったけれど、食生活かな。
「どうした?……ってか、日本語やめろ。
いつまで経っても英語上手くならないよ?」
寄ってきた梓の頭をぺちりと叩くと、梓は唇を尖らせた。
「だってぇ……凛見るとつい出ちゃうんだよ。
あ、そうじゃなくて。着いてきて!」
だから、英語で話せと言ってるでしょうが。
そう言いつつも、やはり母国語っていうのは愛着があるものだ。
偶になら、日本語でのお喋りにも付き合ってやろうとは思っている。
梓に連れてこられたのは、科学班のラボ。
絶賛イノセンスと格闘中の部署だ。
「しつれいします!山城梓です。」
まだまだたどたどしい英語だが、梓は迷うことなく入っていく。
「お!来たな……ん?そいつは?」
気の良さそうな(但し目の下は青黒い)オジサンが、ぱっとこちらを振り向いた。
「探索部隊の黒川凛。何故か連れてこられました。」
そんな胡乱気な顔をしないで欲しい。
私は科学班とは敵対したいなんて思っていないし、何より私もこの状況がよくわかっていない。
「いのせんす、凛にもみせたいです!」
にこにこ笑う梓は、この空気が分かっているのかいないのか。
いないだろうな。
「うーんまあ、探索部隊なら今後関わることにもなるだろうしな。
よし、梓の対アクマ武器は、こいつだ!」
大仰に取り出した対アクマ武器は、真っ黒なロープの束だった。
「おー……?どうつかうの?」
あまりにも武器らしからぬ姿に使用者すら戸惑っているが、本当にそれでいいのか科学班よ。
「まずは、宙に放り投げる!そこで発動だ。
そうすりゃあ、後は前に発動した時と同じ感じで使えるはずだぜ。
ちと重いが……能力を考えると、この形がベストのはずだ。」
ふむふむと頷いている辺り、納得はしたらしい。
ふと耳に届いた足音に廊下を見ると、ちょうど神田が通りかかるところだった。
「神田!梓の対アクマ武器できたってよ。」
ちょいちょいと手招きすると、物凄く面倒臭そうな顔をされた。
でも来るのが神田だ。
梓はイノセンスを夢中になって眺めていた。
「そういや神田は発動したの見たことあるんだよな。どんな感じだった?」
オッサンの質問に、神田は足を止めた。
「どうって……コイツから聞いてるんじゃねえのか。」
こら神田、人を顎で指すのやめなさい。
「本人じゃわかんないこともあるだろ?
名前に迷っててさあ。なんかヒントにならんかなと。」
ようやく観察が終わったのか顔を上げた梓が、神田を見てこてんと首を傾げる。
今気づいたらしい。
こういう謎の集中力は、梓の美点であり欠点だと思う。
「……アクマの墓場って感じだな。」
梓のイノセンスは、アクマを溶かす糸になるらしい。
それを蜘蛛の巣のように張り巡らせ、罠にかけて一気に殲滅する。
溶けた鉄屑が彼女の周りに並ぶ様は、さながら墓地のようだったと。
「アクマの墓場か……そうだな、梓は東洋人だし、墓造(ハカツクリ)、なんて、どうだ?」
墓造。
うら若き少女が持つ武器としては、いささか物騒で、血生臭い。
だが、梓は至極嬉しそうな顔で頷いた。