10

「凛……?」

私の声に、辺りは騒然となった。
慌ててラビが駆け寄って来て、私に手を差し伸べる。

「怪我してねぇか、梓?」

「はい。……ありがとう。
あの、凛……だよね?」

差し出した手を拒み、深い溜息をついて、凛は立ち上がる。
フードを外すと、一斉に探索部隊の人たちが詰め寄った。

「凛!お前はこの任務を任されていないだろう!何故ここにいる!?」

ああ、私はやらかしてしまったらしい。

「あー……好奇心だよ、好奇心。一度に3人も適合者が来るっていうから、気になってさ。
勝手な行動をしたことは、謝る。申し訳なかった。」

深々と頭を下げた凛に、白軍服の男性が近付く。
困惑した顔を、一瞬できりりと引き締めた。

「凛さん、話は後で聞くよ。部屋に戻っていなさい。」

「……はい。」

凛は、こちらを見ることなく行ってしまった。







床一面に散らばった書類の数々、デスクに積み上がる紙の束。
話をする為に案内された室長室は、ひどい有様だった。
その中で、ブックマンと教団の"規約"が結ばれていく。

言葉は難しかったけれど、話自体はゆっくり進められていたから、大方の内容は掴めたと思う。
私は、次期ブックマンの補佐、ということになっていた。
本当なら名前も変えた方が良かったのだろうけど、私は既に神田さんに名乗ってしまっていたから、そのままでいくらしい。

「"規約"については、これで宜しいでしょうか。」

「ああ。お気遣い痛み入る。」

タンタン、と書類を片付けると、コムイ室長はすっと私の方へ向き直った。

「それで、梓さん。いくつか訊きたい事があります。」

凛の事だろう。
どうしようか。きっと、彼女には彼女の、ここで築いた生活があるのだろう。
これ以上、彼女に迷惑は掛けたくない。

「すみません、わたし、よくわかっていないです。
かのじょを、よんでください。」







「……知り合いか。」

凛を待つ間に、ブックマンがひそりと話し掛けてきた。
さっと部屋を見回したが、コムイ室長はコーヒーを淹れる為に席を外している。

「ともだち、です。"ここ"にくるまえの。」

念のため、隣のラビにも聴こえるかどうか、という音量で応える。
ブックマンは「そうか。」とだけ言うと、何事もなかったかのように煙草を蒸した。





やがて現れた凛は、特に気負うでもなく、気だるそうな様子だった。
一人でいる間に、いろいろ整理したのかもしれない。
まあ、そうでなくても、元々彼女は然程動揺しない質だ。

私と凛を並べてソファに座らせ、コムイ室長は向かい合うデスクについた。
ラビとブックマンは、ソファの後ろで立っている。
ご老体を立たせて自分が座るのは気が引けるのだが、"仕事"の為だと言われては折れるしかなかった。

「それでは。まず、二人は以前からの知り合い、という認識でいいかな。」

凛をちらりと窺うとむっつりとした表情で頷いたので、慌てて私も首を縦に動かした。

「うん。それで、凛さん。君は、物心ついた時には故郷から離れて家族と旅をしていた、という話だったけれど。」

わぁ。

すっと視線が明後日を向く。
これは完全に、私のせいで凛の法螺が崩れてしまったらしい。

「身寄りがないのは本当だし、故郷に帰れないのも本当だよ。
まあ、理由はでっち上げだけどね。」

凛は事も無げにそう言った。
家族揃って旅をしている途中でアクマに襲われ身一つになったと説明していたらしい。
相変わらず、よく頭が回る。
本当の事をベースに信憑性のある嘘を組み上げるのは、彼女の得意分野だ。

「室長殿。少し、気になることがある。」

黙って成り行きを見守っていたブックマンが、そう口を開いた。

「この梓は一月程前、突如として眩い光とともに空から現れた。
そして、梓とそこの娘は旧知の仲だという。
梓はこの一月、常に我らと共にいたにも関わらず、だ。」

言い回しに、少し違和感を覚えた。
ブックマンは、私が"ここ"にくる以前のことを話したことを、コムイ室長に知られたくないのだろうか。

「この娘、現れたのはいつ頃の事ですかな。」

凛をちらりとも見ずにそう言うブックマンは、もう確信しているようだった。

「……一月程前。彼女を連れてきたエクソシストから、その直前に強い光を目撃したとの報告もあります。
その光のちょうど真下辺りで彼女を見付けた、とも。」

同じ頃に観測された、眩い光。
そして光が晴れた先にいた二人の少女。
しかも旧知の仲となれば、関連があると見て間違いない。
コムイ室長とブックマンはそう結論付けた。

「『空の落し子』――どこからか突如現れる謎の存在として、我らの記録にも稀に出てくる者だ。一説には、別の世界から落ちてくるとか。」

「彼女たちも『空の落とし子』だと?」

「可能性は高い。そうであれば、身寄りがないのは確かだ。」

ブックマンの話をきいて、私はすとんと、浮遊していた不安な心がようやく落ち着くのを感じた。

ブックマンは、最初から私を『空の落とし子』だと考えていたんだろう。

話は一応片付いたらしい。
凛はそのまま探索部隊に残ることを許され、部屋に戻っていった。

コムイ室長は、何故か、空から落ちてくる前の事は聞かなかった。






空の落とし子


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