目が覚めた時に目に入ったのは、岩場だった。
比喩でも幻覚でもなくて、本当に岩場だった。
もっと正確に言えば、岩がせり出て崖を造った、その崖の上に私は居た。
これは一体どういう事だろう。
私は別に自殺志願者とかじゃないんだけどな。
考えていると、後ろから何やら機械音が聴こえた。
=hu..man=
生まれたばかりの赤子のような、拙い発音。
=ki...ll..human......=
どこかで聴いたことのあるような"音"に振り返ると、そこには異形がいた。
「Sharap.」
ザクリ、と短い命令文と共に聞こえた、柔らかい物を斬る音。
飛び散る赤黒い液体。
通常と違って油を含んでいたが、ソレは間違いなく"アレ"で。
『くっ……こ、の………』
認識した途端、目の前が真っ暗になる。
誰かの高笑い、粘ったような水音、赤く染まる視界。
「ふ、あはははは、あはははっ」
気がつけば、私は笑っていた。
頭に響く誰かの笑い声につられるように、対抗するように。
「ははっ、あはははははははは!!!!ははははう゛っ」
突如、背中に鈍く鋭い衝撃が走る。
振り返ると、そこには信じられない光景が"立って"いた。
「てめぇ、何笑ってやがんだ。」
黒い髪、黒い瞳。
中性的で端正な顔立ちに仏頂面を引っ提げ、黒い刀を片手に黒いコートに身を包んでいる。
その視線や冷たくぶっきらぼうな口調は、さながら彼が手にする刀のようだ。
容姿も声も覚えがあるのだが、おそらくあれ、デジャヴ的な何かだろう。そう信じたい。
「……あんた、だれ?」
「他人に名前訊くときは自分から名乗りやがれ。」
何をしても格好いい、本当の美形ってのはこいつのことか。
面倒臭そうな仕草でさえ、見る者を惹きつける。
脳裏にちらつく映像が、少しづつ霞んでいった。
「……黒川凛。」
「エクソシストの神田だ。」
不機嫌さを隠しもしないが、きちんと名乗った辺り、こちらの話を聞く気はあるらしかった。
それは有り難いのだが、なんだろうこの既視感。
「エクソシスト……?」
「あぁ」
エクソシスト。
日本語では、悪魔祓い師。
科学の発達した現代ではほぼ絶え、失われた聖職者。
しかしダークファンタジーなどの創作ジャンルで扱われやすく、知名度だけはある。
私の好きな漫画にも、エクソシストが主人公のものがある。
特徴は、黒の団服に左胸の銀のローズクロス。
そう、ちょうど目の前の少年のような。
改めて彼を上から下まで見ると、彼の漫画の登場人物そっくりだ。
そっくりさんか気合いの入ったコスプレだろうか。
いやでもこんな美形、三次元に存在すんの。
というかして良いの。
いや良くないよね。
てことは何か、ここは二次元か。
仮 想 19 世 紀 か 。
驚きと喜びに体が震えるが、必死に抑え込む。
第一印象というのは大事だ。そ
の後の9割くらいが第一印象に左右されてしまう。
手遅れの感は否めないがそんなことはいい、大事なのはここからだ。
私は、ひと芝居打つことにした。
どうせ本当の私を知る人などここにはいないのだ、自由にやらせてもらおう。
「わ、私、身寄りがないんです!
家族は皆さっきの化物に殺されて……」
「そこの集落の人間か。」
視界には岩しか映らないが、やはり近くに集落はあるらしい。が、ここで肯定するのは非常に危険だ。
うちの集落にこんな人間はいない、なんて言われたらそこでお終いだ。
そうでなくとも、そこに預けられる可能性が高い。それは避けたい。
目的は、黒の教団入りだ。
「いえ、家族で旅をしていて……物心ついた時にはそうだったので、両親の故郷も分からないんです。」
神田の表情がさらに面倒臭そうなものになった。
よしよし、あと一押しか。
「私は、家族を殺したあの化物が憎い……!
あれが悪魔だというのなら、私も悪魔を倒す力を身に着けたいんです!
お願いします、教えてください!」
ブゥンと音が鳴るほど勢い良く頭を下げる。
これで、怪しんだり断ったりする理由はないはず。
後は、神田次第だ。
「……コレは、誰でも身に着けられるもんじゃない。
それで良ければ、俺らの本拠地に連れて行ってやる。」
「……っはい!お願いします!」
交渉、成立。
適合しなくたって、雑用だったって、なんでもいい。
せっかくこの世界に来たんだ、命賭けるなら、あの場所で。
そう、決めた。
「……さっきの光はお前か?」
「光?」
神田によると、先程突然眩い光と共に何者かが空から降ってきたという。
その落下地点が、ちょうど今私たちのいる崖らしい。
きっと、私だ。直感した。
「……さあ。私は光なんて、見ませんでしたよ。」