08



ティエドール元帥に導かれた旅は、終わりを迎えようとしていた。

元帥がいるからか、慣習なのか。
船着場には探索部隊員が待っていた。
黒の教団本部地下水路を渡る船は、4人乗りらしい。
探索部隊2名が加わり6人になった私たちは、3人づつ分かれることになった。
探索部隊員が漕いでくれるらしく、後は私と元帥、ブックマンとディック改めラビのペアで乗り込む。

思いの外遠くから乗ったようで、船は暫くゆらゆらと進み続けた。
始めはそれこそ水を掻く音しかしなかったのだが、次第にブックマンとラビが騒がしくし始める。
きっと、名前の変わるのにラビが追い付けていないとか、そんな所から説教が始まり言い合いに発展したんだろう。

「仲良いんだね〜」

幸せそうな笑顔のティエドール元帥に、まだ上手く相槌の打てない私はただこくりと頷いた。
実際、仲は良いと思う。
偶に爪で引っ掻かれるのは、すごく痛そうだけど。

ラビたちの話が一段落すると、水路にはまた沈黙が流れた。
櫂が水に入る音が響いて、何重にも重なる。
天井から結露が滴る音が、どこか遠くの方で聞こえた気がした。








私が匿って貰っていた集落は、全滅したらしい。
明け方に突然アクマの襲撃に遭い、元帥や神田さんが着いた頃には全て終わった後だった、と。
何を言われたのか、分からなかった。
余りにも突然で、頭が古いブリキのロボットみたいにギシギシ鳴った。

全滅?なにが?
全滅って、死んだの?
誰が?

うまく思考回路が機能しなくて、私は暫く呆けていた。
それから、嘘だ、と思った。
だって、つい昨日の晩まで一緒に焚き火を囲んでいたのに。

でも、ディックが何回も「一緒に逃げれなくてごめん」「生きてくれてて良かった」、
そう言いながら私が消えないか確かめるみたいに頬を撫でたり肩を掴んだり、時には抱き締めたりするから。
その顔を見たら、本当だと思わざるを得なかった。

因みに、ディックとブックマンは集落の端のテントで寝ていたから、逃げて無事だったらしい。
少し離れたテントにいた私を連れる暇もなくて、ディック曰わく泣く泣く諦めたそうな。
生き残るのはおろか、遺体もないだろうと。


じゃあ何故私は今ぴんぴんしているのか。
全滅した集落のただ中に居て、なんで。
上手く言葉に出来なくても言いたい事は伝わったみたいで。
元帥は、一言分からない、と呟いた。

元帥に分からないんじゃ、私に分かるわけない。
真相を知るかもしれない人達は、もう石になって砕け散った。
それ以上どう言葉を続ければいいかも分からない私は、ただ黙るしかなかった。



あのアクマたちは恐らく戦争していた相手集落の成れの果てだろうとか、ブックマンと元帥が話しているのがどこか遠くの世界のように聞こえる。

どうして、そんなにもあっさりと。
たくさんの人が忽然と消えたのに、平気な顔で。

村の人たちは本当に普通の人たちだったし、ブックマンやディックもすごく人間くさくて。
ここで暮らす中で気が付かない内に、なんとなく彼らもまた私と変わらない人間なのだと、同じ目線に立っているのだと、思い込んでしまっていた。

勘違いも甚だしい。
対等だと思った自分が恥ずかしくなる。
改めて、住む世界が違うのだと思い知った。

そりゃあ、仮想だろうが19世紀。
片や帝国主義の名の下に各地で植民地争い、片や民主革命と、争いの絶えない時代。
21世紀日本のぬるま湯とは違う。戦争を知らない人なんかいないんだろう。

みんな、親類や友達の誰かしらが戦に巻き込まれている。
中でも戦地を渡り歩き記録してきたブックマンに、100年もの長きに渡る戦争で最前線として戦うエクソシスト。
世界が違う所ではない。
正直、同じ空気を吸うのもおこがましい。

それでも、私はイノセンスに選ばれてしまった。
戦わなきゃいけないんだ、アクマと。
そう思い至ると、全身に震えが走る。

ああ、もういっそ。
生きたいだなんて思わなければ良かったんだ。
イノセンスは自身の意志では動けない。
リナリーやアレンじゃあるまいし、私が「生きたい」と思わなければ、イノセンスが発動する事はなかったはずだ。

私は助かったんじゃない。
背負わされたんだ。
あの人たちの命を。

私のせいじゃないかもしれない。
別にアクマはイノセンスを狙ってた訳じゃないようだし。
それでも、生き残った者は死んでいった者の命を、その先の未来を、背負って生きなきゃいけないんだ。

生きなきゃ、いけないんだ。








更に増えた探索部隊員たちに連れられ、長い階段を昇る。
何度か角を曲がって、広い吹き抜けに出た。
待ち構えていたのは、白い軍服に身を包んだ背の高い男性だった。
頬は締まり、眼鏡の奥の瞳は鋭く輝いている。

「あなた方が『ブックマン』の血筋の方ですね。
ようこそ黒の教団へ。
科学班室長のコムイ・リーです」

差し出された手にはブックマンが応じた。
ティエドール元帥は遠巻きに眺めているだけ。
ラビは手すりから階下の大広間に目を向けていた。

吹き抜けの下に見えるのは、大きな祭壇。
その前には棺、棺、棺――大量の棺が並べられ、それに寄り添う人々の嗚咽が響いていた。
棺の数は軽く見積もっても100は超えている。
頭に過ぎるたくさんの笑顔を必死にかき消しながら、私もラビに並んだ。

ふと、彼らの墓はどうするのだろうと考えた。
死体はない。
親類だって、みんな集落にいたのだろうから、死んでしまった。
弔いもせずに出て来てしまったのを後悔する。
せめて黙祷くらいしてくるべきだっただろう。
……明日からやろうか。
毎朝、空に向けて。


「負け戦だな。」
ぼそりと隣から声がした。
ラビはもう、今を見ている。
私もいつか、こんな風に割り切れるようになるのだろうか。
その時が来てしまうのが、少し怖い。

小さく頷いた時にはもう、ラビの意識は階下の少女に移っていた。







 茫然自失の凱旋


何のことはない、

蛙は私だったのだ





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