すべてを貴方へ贈ります。 3.




宍戸は肌寒さに目を覚ました。
欠伸をしながらゆっくり起きあがろうとすると、寄り掛かっている鳳の重さに気付く。
テレビの画面どころか部屋中が真っ暗で、今が何時なのか時間の感覚がない。

「寝ちまってた…」

鳳から身体をすり抜けた宍戸は、一端部屋の電気を点けてから鳳の元に戻り肩を揺らした。

「長太郎、長太郎起きろ」

「……宍戸さん?」

「もう7時だぞ」

「…7…時…」

ぼそっと時間を呟いてから頭で理解するまで鳳は固まったままだ。
心配になり宍戸はもう一度鳳の肩を揺らす。

「長太郎!寝ぼけてんな」

「宍戸さん!」

「なんだよ」

「7時って!そんな!」

慌てている鳳をとりあえず正座させこれからの予定を説明させた。
本当は5時頃に近所の洋菓子店でケーキを取りに行き、事前に買ってあった材料で鳳が料理を作り、宍戸にはゆっくりしてもらおうと思っていたらしい。

「まず長太郎が料理ってのが無謀だろ」

「…でも料理本も買ってきたし、この前姉にも教えてもらって」

「今朝の朝食すらまともに作れなかったのに?」

「すみません…」

「別に謝んなくていいよ。その気持ちはもらっとくから。せっかく料理の練習までしてくれたんだもんな」

「俺…結局失敗してばかりで、誕生日なのに宍戸さんを喜ばしてない」

「そんなことねえよ。今日一日、長太郎からいっぱいもらったから」

「…なにもあげてません」

「長太郎からの愛情、たくさんもらったから」

「宍戸さん…」

「ありがとな」

宍戸は少しためらったが、もう恥ずかしがることでもないだろうと鳳にゆっくり近づいて口づけた。

「元気でたか?」

「は、は、はい!」

「まあでも愛情で腹が膨れるわけじゃねえから、あそこのケーキ屋だったら8時までやってんだろ。今からとってこいよ。俺はピザ宅配しといてやる」

「ピザでいいんですか?どこかに食べにいっても…」

「いいんだよ。今日はここでゆっくりしてえの。早く行ってこい」

「わかりました!あっ、ピザは…」

「照り焼きマヨでいいんだろ?」

「いいですいいです。宍戸さんの好きなやつ頼んでください!」

「わかったよ」

バタバタと出ていった鳳を見送り、宍戸は宅配ピザの電話をした。
ソファーの背もたれに置かれた薄手のジャケットに気付いて、この時間の外気が寒いのを心配する。

「長太郎寒くねえかな」

鳳のお気に入りのジャケットが皺になるのもかわいそうだと、ハンガーに掛けようとしてジャケットを掴む。
するとそのジャケットから何かが床に落ちた。
手のひらに乗るくらいの小さな箱には見覚えがないが、箱の中身が一発でわかってしまうくらいには箱の外観は一般的に見覚えがあった。

「結局これがプレゼントかよ…。長太郎、今日一日ずっと俺に渡すタイミング狙ってたってことか」

最終的にこんな形で知られてしまったプレゼントを宍戸は元のポケットに戻して見なかったことにした。
このプレゼントをもらうことにはやはり少し抵抗はあるが、鳳がひとりで買いにいき今日このプレゼントをいつ渡そうかとずっと考えていたのかと思ったら、ずいぶん長太郎が可愛く思えてしまったのだ。

「26歳の男つかまえて可愛いとか、俺も相当ヤバいよな…」

後頭部を掻きながら宍戸はジャケットを元の位置に戻し、熱くなった頬を隠そうと顔を洗いに洗面台へ向かった。
それから30分もしないうちに鳳が息を切らしながら戻ってきて、ケーキをテーブルに用意しているうちにピザも届いた。

「あれ?照り焼きマヨ頼んでくれたんですか?」

「アスパラベーコンとのハーフにした。早く食おうぜ」

「じゃあ蝋燭に火つけなきゃ」

「俺が点ける。お前のライターの扱い危なくて見てらんねえ」

「ああ…前に火傷しましたよね。お願いします…」

今更年の数だけの蝋燭という訳にもいかないから真ん中に一本立てた蝋燭に火を灯し、鳳が電気を消しに行く。
暗闇に暖かな蝋燭の炎が揺らめき、宍戸の目の前に座った鳳が正座して改まった。

「宍戸さん、誕生日おめでとうございます」

「ありがとな」

「それで…あの…」

鳳は自分の身体をタッチして、気付いたようにソファーに置いてあるジャケットに近付いて例の箱を取り出した。
宍戸はなにも知らない顔で鳳の行動を見守る。
鳳の緊張が伝わってきて、中身を知っているのに宍戸も身体を固くする。

「こ、これ…」

また向かいに座り直した鳳が先ほどの小さな箱を宍戸の目の前でパカッと開けた。
やはりそれは宍戸が思った通りのものだった。

「指輪…」

「そうです。か、軽く考えてくれていいですから!深い意味はないんで、…ね?宍戸さん、受け取ってください」

「深い意味考えてもいいのか?」

「…宍戸さん」

恋人という関係とは何か違うもっと別な関係とはこういうことなのかもしれない。
だってずっと遠い未来を想像しても長太郎は俺の隣で泣いたり笑ったりしている姿しか思いつかないんだから。
宍戸は鳳の前にスッと左手を出した。

「ほら、早く!」

「は、はい!」

急かされて宍戸の薬指に指輪をゆっくり填める鳳の手は微かに震えていて、宍戸は思わず笑ってしまった。

「笑わないでくださいよ。こっちは必死なんですからね」

「ごめんごめん。じゃあ長太郎も手出して」

「お、お願いします」

前に出した鳳の左手薬指にペアの指輪を宍戸はためらいなく填め込む。

「あとは…、誓いのキスか?」

「宍戸さん…」

鳳が生唾を飲みこみ、ゆっくり顔を近づけてくる。
それに応えるように宍戸もゆっくり瞼を閉じようとした。
しかしタイミングを図ったように一本の蝋燭の灯りがフッと消えてしまい、辺りが真っ暗になってしまった。

「わっ!」

「あーあ、時間切れだな。早く電気点けてこい」

「そんなあ…」

「今じゃなくても今夜は誓いのキス以外もたくさんくれてやるから、飯食おうぜ」

「こ、今夜は寝かせませんよ!」

「ウゼー…」

宍戸の返しに拗ねる鳳を座らせ、買っておいたスパークリングワインで乾杯する。
今日の出来事を振り返りながら食べるピザはいつもより美味しく感じた。
こういうちょっとした変化を楽しみつつ年取ることも長太郎と一緒なら悪くない。

まだ慣れない薬指の指輪をたまに親指で撫でながら、宍戸は目の前で屈託なく笑う鳳との幸せを噛みしめた。







happy birthday!R.SHISHIDO!
(2012.9.29)



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