せかいがかわる 3.




ベッドのスプリングが振動したような気がして宍戸はうっすら瞼を開ける。
ぼんやりとした視界はまだ薄暗かったが、目の前にはベッドへ腰掛ける鳳の大きな背中をみとめることが出来た。
顔を手で覆っているのか鳳の背中は丸まっていて宍戸との一夜を後悔しているのが手に取るようにわかった。

「長太郎…」

横になったまま呼んでみると、肩を竦ませあからさま怯えていて振り向く様子がない。
宍戸はどうしても鳳の顔が見たくてもう一度長太郎と呼びながら鳳のわき腹の肉を思い切りつねった。

「いっ…たぁ…」

「やっと振り向いてくれた」

宍戸の言葉を聞いて鳳は口をへの字に結んで目を閉じた。
あまりにもいつも通りな宍戸の口調に、無理して平気な態度を演じていると鳳は思ったのだろう。

「ごめんなさい…」

「聞き飽きたな」

「………」

「後悔してんのかよ」

宍戸は枕に頭をつけたまま鳳の背中に軽めのパンチをキメた。
それでも無言を通す鳳に痺れを切らして宍戸は勝手に話を進める。

「お前さ、俺にひどくするとか言っときながら無理に最後までやらなかったし、別に悪いことしてねえじゃん。だから何で謝るのかがわかんねえ」

「だって…」

「別に俺は無理矢理ひどくされてもよかったんだ…」

「えっ…?」

その一言に鳳は思わず宍戸を見据える。
宍戸も鳳の視線を受け止め、今度はベッドについた鳳の手に手を重ねた。

「それが俺たちの今までの関係を変える切っ掛けになるのなら、傷つけられたって構わなかった」

「えっと…、それは…」

「長太郎のことだから、大昔特訓で俺を傷つけたことへのトラウマとか、酔った勢いとか、無理矢理抱こうとしてる罪悪感とかさ、いろんなことが伸し掛かってきて怖じ気付いたんだろうけど、そんなメンタル弱いところなんか今更だし」

「………」

「そういうところ全部ひっくるめて俺は長太郎のこと好きだから、今夜のことは謝らなくていいぜ」

「し、宍戸さん!?い、い、今…好きって…」

「あぁ…。俺もずっと長太郎のこと好きでした、なんてな」

寝たままの宍戸は上目使いで鳳の様子を伺う。
鳳の手の甲に重ねた手を意思をもってぎゅっと包み込んだ。

「ホントに?嘘じゃないよね?」

「俺を信じらんねえのか?」

「だって、ずっと宍戸さんのこと好きだったけど…絶対叶うはずないって思ってたから…」

顔を真っ赤にしながら涙ぐむ鳳に宍戸は堪えきれず笑ってしまう。

「泣くなよ。本当に好きだから。長太郎とこれからもずっと一緒にいたいと思ってる。…だからこれからも見合い話断れよ。親には申し訳ねえけど、こればかりは譲れねえ」

「宍戸さん…愛してます…」

「はは!愛、かあ…」

もう結構な大人のくせに泣きべそをかいている鳳の手をそのまま強引に引っ張って、ベッドの上に上がらせる。
宍戸を潰すまいと咄嗟に両腕を突っ張らせたら、宍戸を組み敷くような体勢になってしまった。

「泣いてると俺の顔見れねえだろ?泣きやめ」

宍戸は鳳の頬を伝い始めた涙を親指ですくって、それから鳳の首裏へと両手を回す。

「…長太郎」

熱を含んだ声色で鳳の名前を口にすれば、その熱を余すことなく食むように宍戸の口内を深く侵した。
濡れた音を寝室に響かせながらキスを堪能して、ようやく唇を解放された宍戸はまだ泣いているのかと鳳を覗くと、目の前の後輩ははにかむように微笑んでいた。
久しぶりに見た鳳の笑顔が宍戸の胸をいっぱいにし、たまらず引き寄せぎゅっと抱きしめる。
宍戸を押しつぶすようになってしまった鳳は、重くないですか?と聞いてきたが、宍戸はそんなことお構いなしに鳳からダイレクトに伝わる早鳴りの心音を感じながら、耳元でありったけの想いを囁いた。

「長太郎…愛してる」

何か反応があるかと構えていたが鳳は何のアクションも起こさず、恥ずかしいことを言っちまったと少し後悔していると、しばらくして宍戸に縋るように抱きついてきた。
そして間もなく鳳の嗚咽が耳元に届いた。
鳳が今までどんな気持ちで宍戸と接してきたか、その長すぎる時間が鳳の流す涙にぎゅっと詰まっていると思うと、これじゃ続きが出来ないだろ、なんて冗談でも言えない。

「泣き虫…」

宍戸はそれだけ言うとあやすように鳳の背中を撫でながら、つい数時間前までは一生知ることが出来ないと思っていたこのぬくもりを今は思う存分味わうことにしようとゆっくり瞼を閉じた。

そのとき、宍戸の瞳からも大粒の涙がこぼれ落ち枕に吸い込まれていったことは鳳は知らない。









20130611/鳳宍記念日



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