chocolate smile 3.
あれから家に帰っても鳳の別れ際の表情が忘れられずに脳裏にチラついて離れないでいる。
テーブルに置かれた渡せなかったチョコと睨めっこしながら宍戸はずっと今日のことを考えていた。
「あんな顔させたかった訳じゃない」
笑っている長太郎が一番好きなんだ。
その笑顔にすることが出来るのは俺じゃないと思ったからチョコは渡さなかった。
でもどう転んでも、あれじゃ俺からチョコを貰えなかったから泣きそうになってたとしか解釈できない。
あと数時間の誕生日、長太郎はあの表情のまま過ごすのか?
俺がこのチョコをお前に渡したら、笑ってくれるのか?
「今から行ったら…」
鳳の家まで自転車でも30分は掛かる。
今更チョコなんて渡しに行っても嘘つきな俺に笑顔を見せてくれないかもしれない。
でも少しでも可能性が残っているのなら、長太郎に笑ってほしいから。
宍戸は厚手のジャケットを羽織り、プレゼントのチョコをポケットに忍ばせ携帯電話を握りしめ家族にバレないようにそっと部屋を出ようとした。
そこに不意をついて携帯がバイブで着信を知らせた。
このタイミングに誰なんだと、若干イラつきながら画面を見ると、そこには今から会いにいく後輩の文字。
「えっ?長太郎…」
考えるより先に通話ボタンを押してしまい、しまったと思いつつも宍戸は恐る恐る携帯を耳にあてた。
「…長太郎、どうした?」
『し、宍戸さん…あの…、さっきは突然帰ってしまってすいませんでした』
「あ、いや…そんな謝るなよ」
『でも気になって…』
「気にすんなって」
『気になって…会いにきちゃったんですけど…』
「…はっ?」
『でも、外寒いんで宍戸さんはそのままでいいです。声聞けただけでもう十分ですから…』
「長太郎!お前こそそのまま待ってろ」
まさかと思いつつ玄関のドアをゆっくり開けてみれば、門の前に携帯を耳にあてた鳳が宍戸を真っ正面に捉えてビックリしていた。
宍戸がこんなに早く家から出てくるとは思っていなかったのだろう。
携帯をコートにしまい、少しきょろきょろと瞳を泳がしてからまた宍戸を見据えた鳳は悪いことをしてしまったことを悔いてるようななんとも情けない表情をした。
そんな長太郎を見たいわけじゃないのに。
「…突然すいません」
「そんな顔すんなよ。俺もな…俺も今から長太郎に会いにいこうと思ってたところだったんだ」
「えっ…?」
「ほら、これ…」
宍戸は鳳のために選んだチョコをばつが悪そうに差し出した。
「だって買ってないって…」
「俺も…なんで嘘吐いたんだろうな。ホントはあの時バッグに入ってたんだけどさ、長太郎が女の子からたくさんプレゼント貰ってて、なんか男の俺があげたってとかひねくれちまったんだろうな」
もうここまできたら隠すこともないと、宍戸は後頭部をガリガリと掻きながら本音をこぼした。
「でもさ、別れ際お前泣きそうになってたじゃん。それが気になってしかたなくて…」
「……気にしてくれてたんですね…」
「ま、まあな。ほら受け取れよ。お前の欲しかった俺からのチョコだろ」
「はい。…欲しかったです、すごく…すごく…」
「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
「あ、ありがと…ござ…」
さっきと同じく、険しい表情で涙を我慢しているようだったが、我慢虚しくぽろっと大粒の涙が鳳の頬を伝い始める。
鳳には笑って誕生日を終わって欲しいと思っていただけに目の前で泣き始める鳳に宍戸はどうしていいかわからない。
チョコを渡しても泣いてしまった。
「…泣くなよ。嬉しくねえのかよ」
「だって…宍戸さんは義理かもしれませんけど…、俺にとっては、本命からの大事なチョコだから…、嬉しすぎて…」
「…長太郎」
「会いに来てよか、た…」
「長太郎それって…」
聞き間違うはずがない。
宍戸は鳳の一字一句を聞き逃すまいと俯く鳳にぐっと近づく。
小さな声でも聞こえる距離、そこで宍戸は鳳をこれ以上刺激しないように囁いた。
「本命って、…俺のこと、好きってこと、か?」
「…はい。す、好きってことです…」
「…っ…」
「ずっと宍戸さんのこと…」
その先は涙声で掠れて聞き取りづらかったが、この嬉し涙を流す長太郎もひっくるめて俺も…
「好きだ」
鳳の言葉の続きを奪った宍戸は、鳳の腰に腕を回して思いっきり抱きついた。
長太郎は笑顔が一番だと思っていたけど、泣き顔も困った顔も情けない表情も、俺にしか見せないんだと思ったら目の前の涙さえ愛しくて仕方がない。
「宍戸さん…好き」
「うん」
しがみつくように宍戸を抱きしめてくる鳳のお陰で寒空の下でも温かい。
それはチョコレートを溶かすほどに熱く、チョコレートに負けないほど甘い、ふたりだけの真冬のバースデー。
終
Happy birthday to c.ootori!
2013/02/14
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