chocolate smile 2




今日に限って宍戸はいつものバッグを重く感じている。
入っているものは教科書や筆記用具、いつもとまったく変わらない。
ただチョコレートの重さだけが加わっているがそれだって微々たる量だ。
意識しすぎているのはわかっている。
だから宍戸のバッグはいつにも増して重いのだ。

用意したチョコは近所の個人経営の小さいケーキ屋で売っていたチョコの詰め合わせがラッピングされているものにした。
それを買うにも宍戸の中ではずいぶん勇気が必要だった。
宍戸は鳳の誕生日プレゼントとしてのチョコを買いたいのだが、この時期世間はバレンタイン一色。
チョコといえばバレンタインがお決まりの雰囲気に、特設コーナーなどに男一人で足を踏み入れるなんて宍戸にはどうしても出来なかった。
だからってコンビニで手軽に手に入るようなチョコは誕生日のプレゼントとしては申し訳ない気持ちになる。
別に誕生日にチョコを渡して気持ちを伝えるわけではないし、適当に考えて悪ふざけのように気軽に渡せばいいものだが、想いを口に出来ないぶん鳳のリクエストには自分の出来る限りのことをしてあげようと宍戸はそう思っていた。

その店を選んだのは母親がたまたま買ってきてくれたケーキの箱に書いてある店名に見覚えがあったからだった。
宍戸が幼稚舎の頃、何度か母親に連れられて行ったことがある店だと気づいた。
そんなに流行っているわけでもなく住宅街の中にひっそりと佇んでいるそのケーキ屋に行こうと決めて、三日前、家族にバレないように宍戸は財布を握りしめ閉店ギリギリの店に飛び込んだのだ。

宍戸のバッグの中にはその時買った白と水色のリボンがくるくるとラッピングしてあるチョコが入っている。
鳳に渡せるのは放課後一緒に帰る時だろう。
部活は一応あるのだが、バレンタインデーのテニス部は毎年騒動になるからコートには出ずミーティングだけで終わるので、待っていてくださいねと鳳から言われたこともあり宍戸は素直に待つことにした。



「遅えな…」

放課後、部活のミーティングが終わったら連絡をくれると言われて携帯を手に握りしめ鳳を待っている宍戸はふらっと立ち上がった。
今日だけで何度バッグの中を確認しただろう、今もプレゼントが潰れずに入っているか見てしまった自分に気づいて苦笑しつつ教室を出る。

ずっと考えていたけれど、チョコが欲しいと言った長太郎の本当の気持ちなんてやっぱりわかるわけがない。
長太郎が誕生日にチョコが欲しくて、俺は自分の誕生日のお返しにリクエストされたチョコを渡す、ただそれだけだ。
誕生日おめでとう、それさえ言えればもう十分。
俺が渡したチョコで笑顔になってくれれば、それだけで満たされる。

幾分気持ちを軽くして部室を目指した。



宍戸が気づいてしまったのは校舎から部室に向かう見慣れた風景に違和感のある赤い色が目に入ったからだった。
足を止めてその方向へとゆっくり振り返る。
遠くからでもわかる赤い色はマフラーだった。
二月の冷えきった風に長い髪と共にマフラーがふわっと揺れていた。
手には今日の主役、可愛くラッピングされた箱を持っていてそれを向かいにいる人物に差し出している。

そして相手ははにかみながら笑っていた。

「…長太郎」

女の子が去っていくのと同時に我に返った宍戸は、逃げるようにその場を離れる。
今日は鳳の誕生日でバレンタインデー、あんな場面今日だけで幾度となくあっただろう。
それでも、やっぱりショックなのは事実だ。

「あんな顔初めて見た…」

俺は長太郎をあんな笑顔に出来るわけない。
ただの部活の先輩で、それよりも前に男なんだから。

「俺なんかにチョコ貰わなくても…いいじゃん」

必死にプレゼントのチョコを選んだ自分がバカらしく思えてきた。
宍戸はこのまま帰ろうかと考えたが、背後から聞こえてきた鳳の呼ぶ声に思いとどまる。
顔を合わせる前にこのやり切れない想いを隠さなければと、何度か深呼吸してから声のする方へと振り向いた。

「宍戸さんがこっちに走っていくの見えたんで…。なにかありました?」

「何もねえよ。ってかお前の荷物すげえ量だな」

「…はい。誕生日とバレンタインが重なるとこうなっちゃいますね」

「モテる男はツラいな」

「そんなことないです。みんな義理ですから」

「他の男が聞いたら恨まれるぞ」

いつも通りに接していられる。
大丈夫。
道中ずっとバッグに入れてある鳳へのチョコの存在が気になって仕方なかったが、自分からこの話題を出すことは無理だった。
だが鳳との別れ際、やはり不自然に思ったのだろう鳳がリクエストのチョコ…と話を振ってきた。
登校時よりももっとずっしりとバッグの中のチョコを重く感じた。

「そ、それがさ、買い忘れちまったんだよ…」

「えー…、そんなあ。楽しみにしてたのに…」

「ほら、お前いっぱいチョコ貰ってるしさ、男なんかにチョコ貰わなくてもさ、大丈夫だろ?な?」

「………」

「誕生日なのに…ゴメンな」

「…いいです。俺のワガママだったし…」

ずっと鳳の顔が見ることが出来なかったが、あまりにも落胆した声を拾ったので、心配になり宍戸は視線だけで鳳の顔を覗いた。
そしてその表情にハッとする。
眉間に深く皺を刻んで口を一文字にし、今にもこぼれそうな涙を我慢するような険しい顔が宍戸の目の前にあった。

「長太郎?」

「あー…っと、帰ります。すみません、気にしないでください!」

「えっ、おい!」

呼び止めても一回も振り返らず鳳は大きな荷物を持ったまま走って去っていった。







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