聞こえてますか? 4.




しばらくすると宍戸の身体から力が抜け規則的な寝息が聞こえてきて本格的に寝入ったのだとわかった。
日差しはあるが宍戸の身体は冷たいコンクリートに横たえられていて寒そうに感じる。
鳳は自分の着ているコートを起こさないようにそっと脱いで宍戸に掛けた。

鳳の足の先を向いて寝ている宍戸の表情は鳳からはあまり見えないが、男の柔らかくもない太ももでこんなに力を抜いて寝てもらえるなんて、宍戸は自分のことをなんだかんだ言っても信頼しているんだろうなと感じた。

だから絶対宍戸さんには俺の芽生えたばかりの想いは言えない。
後輩として慕われているのがわかるだけに想いを口にしてしまったら、こうやって膝枕どころかメールや電話もしてもらえなくなる。

「…宍戸さんの好きな人も…言えない人なんだよね…。同じ立場になってやっとわかりました、宍戸さんの気持ち」

すでに想い人がいる宍戸への鳳の想いは始まったばかりなのにもう終わっていて、スタートラインに立つことさえ許されない。

「寝てますか?」

返事がないのは寝ている証拠か。
鳳はもう一度宍戸に声を掛ける。

「宍戸さん…寝てる?」

ピクリともしない宍戸の寝顔を見たいと思った鳳は無理な体勢になりながら身体を折ってそっと覗いてみると、穏やかな寝顔が現れた。
こんな宍戸さん、はじめてみるかも…。

心臓はまだ煩い。
こんな間近で見ていても、言えない言葉があるのが辛い。

「寝てるなら…いいかな?」

最初で最後にするから。

「…宍戸さん、好きです…」

鳳は宍戸の髪に優しく触れた。
恐々触れた指先には思ったよりも柔らかい毛先の感触。
控えめに撫でても起きない宍戸の様子に一息吐きながらまだ語り掛ける。

「宍戸さんが俺以外を好きになるの…嫌、なんです。なんで嫌なんだろうって考えて…それでさっき自分の気持ちに気付いたんですけど…遅すぎましたね」

寝ている宍戸に想いのたけをぶつけてもまったくの無意味なのはわかっているつもりで、それしか吐き出す方法がないのも納得しているのに、昂っているからか鳳の目頭が熱くなっている。
悔しいのか悲しいのか本人にさえわからない涙が鳳の瞳を潤す。

「これで最後にしますから。…宍戸さん…、好きです」

宍戸にも聞こえないくらいの囁きで想いを伝えてから鳳は天を仰いだ。
溢れそうな涙をストップさせるためだが効果はなく一筋頬を伝う。
鳳は宍戸を起こさないように注意しながら制服の袖で涙を吸い取った。

そんな時、太ももの上の宍戸が動いたような気がした。
空を見ていた鳳はゆっくりと視線を宍戸に戻す。
すると誰が見ても明らかに宍戸の耳までもが真っ赤に染まっていて、鳳から見えづらくてもわかるくらい眉が険しく歪んでいた。

「…えっ…まさか…」

「………」

「宍戸さん…起きてます?」

「………」

宍戸は無反応だが、この様子では鳳の先ほどの独り言もすべて聞かれていた可能性が出てきた。
どうしよう、聞かれていたら宍戸さんはもう俺とこうやって会ってくれなくなる。
信頼していた男の後輩に裏切られたと思われる。

「宍戸さ…」

「今は何も言うなよ」

やっぱり起きていた、と肩をビクッと動かし固まった。
逃げたいが宍戸が太ももにいるから逃げられない。

「お、落ち着いたら…俺の好きな奴言ってやるから…、少し待っとけ」

「…そんな…、聞きたくない…」

あんなに気になっていた宍戸の好きな人がいざわかるとなると、自分の気持ちを自覚した今はつらいだけだ。
宍戸は鳳のコートからごそごそと抜き出した手で真っ赤になった耳を隠した。
それでも膝から退くわけでもなく鳳を見るわけでもなく、そのままの体勢でいる。

「あの…聞いてたんですよ、ね?」

「だから!」

「………」

「俺の好きな奴は長太郎だって正面きって言ってやるから、もう少し待ってろ」

「………」

宍戸は鳳のコートを引き上げて顔まで隠した。
鳳が言われたことを理解して飲み込んだときには、宍戸の顔が見えなくなっていたのだ。

「宍戸さん、ホントに!?ホントのホント?」

「うるせー」

籠った声が聞こえる。
つい先ほどまでの複雑な気持ちが宍戸の一言で晴れていて、胸に残っていただろう棘などいつの間にかきれいに取り去られていた。

恥ずかしくて宍戸が顔を見せられないと思うとたまらなくなって、鳳は宍戸の耳へコート越しに囁く。

「俺の好きな人は…宍戸さんです」

するとまだ見えていた頭の先もすっぽりと鳳のコートで隠されてしまった。


誰もいない屋上、強くなってきた北風、残り少ない昼休み、そんな中鳳は宍戸が顔を見せるのを笑顔で待っている。









happy birthday!c.ootori!
(2012.2.14)



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