聞こえてますか? 3
今日は比較的穏やかな日差しで、さすがに制服だけでは肌寒いが上に一枚羽織れば十分屋上でも過ごせる、そんな昼休み。
宍戸に呼ばれて鳳は弁当持参で屋上に来た。
久しぶりに一緒に帰った日以来、宍戸から鳳を誘うことが前よりほんの少し増えた。
やはり宍戸の好きな人は忘れることなくしこりとなって頭の中でいつも気にしていて、会うたびに胸がぎゅうっと苦しくなるが、昼休みや帰り道で宍戸と一緒の時間が過ごせるのは嬉しい。
この前の緊張した帰り道で、本当に宍戸が寂しいと思い、だから誘う回数が増えたんじゃないかと、鳳は一部で都合のよい解釈もしていた。
そうでもしないと宍戸の好きな人が気になりすぎて押し潰されてしまいそうだ。
「宍戸さん、遅くなりました」
「もう先に食ってる」
「待っててくれてもいいじゃないですかー」
宍戸は残りのおにぎりを口に放り込んで片頬を膨らませながら手招きして鳳を隣に座らせた。
親指についた米粒を舐めとりながら鳳の弁当を覗こうとしている宍戸に、わざと弁当を遠ざけるようにして鳳はあからさまに頬をぷっくりとさせながら宍戸を睨もうと顔を向ける。
すると意外に至近距離だった互いの顔に視線が絡まり固まった。
鳳の心臓は一瞬にして激しく運動し始める。
頬どころか首や耳まで焼けるように熱くなっていくのがわかる。
宍戸の頬もおにぎりを入れたまま赤く染まっているのは気のせいなのか。
「…宍戸さ…」
「隙あり!」
「へっ?」
手元が疎かになったのをいいことに、宍戸は鳳の弁当から唐揚げを一個摘み、素早く口に放り込んだ。
うまい!長太郎んちの唐揚げ好きなんだよな、と満足そうに口をもぐもぐと動かしていた。
「もー…俺の昼飯なくなっちゃいますよ」
「ん?だって好きなんだもんよ」
「……好、き?」
「長太郎の母ちゃんが作った唐揚げうまいし好き」
笑顔で答えた宍戸はパックの烏龍茶を飲んで一息つき、太陽の日差しが温いのか両手を上げて伸びをしながら大きな欠伸をしていた。
宍戸の忙しない行動を隣で感じつつ鳳は未だ静まることがない鼓動や顔の火照り、そして先ほど宍戸が何気なく口にした言葉に動揺してしまった自分にどうすればいいかわからず、箸をぎゅっと握るしかなかった。
「やっぱ…お前この間から変だよな」
ボソッと隣からの呟きが耳に入り、ハッとして宍戸をみると真剣な瞳とぶつかった。
鳳はすぐに逸らしたが、それはますます宍戸の疑心をふくらます。
「…なんか俺悪いことしたか?なんも覚えがねえんだけど」
「ち、違います…。なんでもないです」
「なんでもないならそんな態度取るなよ!この前一緒に帰ったときだって久しぶりに会ったから緊張してんのかと思ったけど、ここまできたら違うよな?別な理由あるんだろ?」
「………」
「だんまりかよ…」
鳳は直ぐにでも言い出したかった。
好きな人は誰ですか?
告白はするんですか?
その人と付き合ったりするんですか?
俺、そんなの…嫌です!
そこで鳳は宍戸が自分ではない誰かを好きになることが嫌なんだと思い当たってしまった。
宍戸さんの好きな人は間違いなく俺ではないけど、でもそれが受け入れられなくて、絶望的な願いだけど出来れば俺を好きでいて欲しいと、今までの感情やらをひっくるめて考えて結論付けるとすべて納得出来る。
今ごろ気付くなんて…。
鳳が俯いて視線を合わせないようにしている様子が気に入らない宍戸は鳳の膝をパシッと小気味良い音をたてて叩いた。
驚いて勢いよく顔をあげた鳳が宍戸を捉えると、おさまっていた熱がみるみる身体中に広がる。
「な、なに…」
「膝貸せ」
「えっ?」
「弁当どかせよ。眠いし長太郎の膝を枕にする」
「お、重いっすよ」
「お前が何も話してくれないバチだと思え」
もう一度、今度は太ももを痛いくらいに叩いて、鳳が渋々弁当を退かし足を真っ直ぐに伸ばしたのを見計らって、よいしょと鳳の膝に頭を預けた。
そのずしっとした重みは間違いなく宍戸が太ももを枕にしている事実を突きつけてきて、ついさっき自分の気持ちにようやく気付いたばかりなのに、この体勢は嬉しくもあり苦しくもあった。
弁当を食べることは諦めて傍らに置き、この破裂しそうな鼓動が聞こえませんようにと願うことにした。
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