Dream


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怪しまれたので自炊します。



「ありがとうございました〜」

間延びした声と共に去っていく後ろ姿。しかし先程まで私に向けられていた怪訝な表情を見て見ぬフリすることはできなかった。


▲▽▲▽▲


一緒に住み始めてわかったことだが、沖矢昴という人は結構忙しいらしい。私はてっきりこの工藤邸でお隣さんを見守り続けているのだと思っていたが、意外にも彼はよく外出する。考えてみれば日中哀ちゃんは小学校へ行っているのだ。1日中張り付いている必要もないのだろう。もしかすると盗聴器の類もあるのかもしれないが真偽は定かではない。

「ただいま」

高校での授業を終え、むず痒いことこの上ない挨拶をして帰宅する。両手に荷物を持ったままリビングに行くが、そこには誰もいなかった。彼は夜こそ自室に籠っているものの、私が帰宅する時間にはいつもリビングで本を読んでいる。それが彼なりの気遣いなのか、私という人間を観察するためなのかは微妙なところだ。そして今日のようにリビングにいない日は即ち外出中ということになる。家にいる日と外出している日は週で半々くらい。一応潜伏中である彼が何の用件で外へ出掛けるのかはわからないし、尋ねるつもりもない。ただ、FBIなんて職業についている男がまさか呑気にカラオケに行ったりはしないだろう。

「ホォー。これは見事だ」

ボーッと考え事をしていると、いつの間にか帰っていた沖矢さんが背後に立っていた。ダイニングテーブルへ並べられた料理に感心したように顎に手を当てている。
私は制服の上からエプロン。腕まくりをして包丁を手にしているところだった。

「おかりなさい。昴君」

『昴君』という呼び方はようやく慣れてきた。最初は何度も呼び間違えて、その度に昴君からの圧のある空気を浴びた。自分の身の危険を感じて必死になれたと言っても過言ではない。

「すまない。遅くなった。これは君が?」

“これ”とはもちろんテーブルの上の夕食だろう。私が「はい」と頷くと少し驚いた風に眉を上げた。

「こんなに作るのは大変だったんじゃないか?デリバリーにしてもらって構わないんだが」

この言葉に私がジロリと昴君を睨む。私如きの睨みがこの人に効果があるとは思っていない。効果有無ではなく、これは私の主張だ。

「昴君が親切で言ってくれているのはわかります。でもここは日本なんです」
「それは知っている」
「日本の女子高生は毎日デリバリー頼まないんですよ!!」

2人前に対応したデリバリーの店は少ない。数週間もすれば同じ店での注文を繰り返すことになる。一人暮らしの男ならいざ知らず、受け取るのが女子高生だった場合、配達をしてきたアルバイト店員から向けられる視線は……察して欲しい。

「なるほどな。それで今日は自炊をしているわけか」
「そうです」

最後の一皿を並べ終える。箸を置いて椅子に座ろうとして、先程から昴君が動きを止めていることに気付いた。腕を組んでテーブルを凝視している。

「あの、ご飯がまだなら一緒にどうですか?」
「いいのか?」

あからさまにトーンの上がった昴君の声にクスクスと笑いが漏れる。

「もちろん。お口に合うかはわかりませんが」
「手作りの料理に飢えていてな。お言葉に甘えさせてもらおう」

家に2人きりの時は赤井さんの口調が滲み出る。しかしもちろん見た目は沖矢昴だから、正直私の脳は大混乱だ。でもそれがちょっと嬉しいのはここだけの秘密。


▲▽▲▽▲


沖矢昴は煮込み料理を作る。沖矢昴にシチューは似合う。大正解だ。
しかし私が作ったものはカレイの煮つけと小松菜のおひたし、ひじきと大豆の五目煮……。純和風メニューは正直この家の雰囲気にあわない。その上沖矢昴が食するメニューとしてはかなり地味だった。

「女子高生が作る料理っぽくない……」

昴君の帰宅が深夜だと思っていた私は自分の食べたいものを優先した。デリバリーにはない料理を考えた結果これに行き着いたのだ。まさかそれを昴君が食するとは。
もう少し気の利いたメニューにすればよかった……。
目の前の昴君を見ると、皿の上でカレイの身が上手にほぐされていた。

「昴君、魚食べるの上手ですね」

突然私から褒められたからだろう。昴君が顔を上げて不思議そうな顔をする。
元々箸の持ち方が綺麗だとは思っていた。しかし海外の人でもお箸が上手い人はいる。そして綺麗に持てることと、綺麗に食べられることは違う。日本人だって魚を上手に食べられる人ばかりではない。その点、昴君はお手本のような食べ方をしていた。

「父親が厳しくてね」
「へぇ〜。じゃあお箸や食べ方は務武さんから教わったんですね」

小さい赤井少年がお箸に苦戦する姿を想像して胸がときめいた。お父さんに指摘されて一生懸命に食べている赤井少年。
……ちょっと待って?え?じゃあ秀𠮷さんも?うわぁ何それカワイイ。見たい。
脳内が半分妄想になりかけた時、正面からの視線を感じた。
目が合ったので「何ですか」と問う代わりに首を傾げる。すると昴君の口元がフッと緩んだ。

「君がどこまで知っているか一度じっくり確認したいものだな」

そう言われて自分の言動を振り返る。

「あ」

ようやく自分の失言に気付いた。何で“務武さん”って言ったかなぁ私。肩を落として溜息をつく。まあ言ってしまったものは仕方ない。昴君には事情を知られているからこその失態だと自分に言い聞かせる。

「私、原作介入苦手なんですよ」
「何語だ?」
「私はモブでいたいんです」
「いまいち把握しかねるが、それは今の立場で叶えられるのか?」
「無理ですね!!」

私の言っているオタクな内容など数パーセントしか理解できないだろうに、昴君は核心をついてきた。
そうなのだ。地雷とは言わないが原作改変・介入非推奨派だったのだ。それなのになぜ沖矢昴の妹などというポジションについているのか。

「人生ままなりませんねぇ」
「お、この味噌汁うまいな」

昴君は私の作った夕食をペロリと平らげてくれた。結構量を作ったつもりだったんだけど、いい食べっぷりだ。
昴君が皿洗いを申し出たのを丁重にお断りすると、それならばと食後のコーヒーを淹れてくれるらしい。

「いいものだな。手料理は」

差し出されたマグカップと優しい言葉。気をよくした私は、この時絶対に調子に乗っていた。

「これからも作りましょうか?」

その日から夕食は私の料理が並ぶようになった。私たちは偽の兄と妹だ。だが食卓を囲む毎日に、少しだけ家族の輪郭が浮かんだ。



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