Dream


≫Info ≫Dream-F ≫Dream-A ≫Memo ≫Clap ≫Top

トリップしたら沖矢昴の妹になりました。



27歳だと言い張ったところで事実は変わらない。まだ少し未成熟な体は10代のものだし、何より高校生だった頃の私を私はよく知っている。アラサーともなれば徐々に体力が落ちてきたことも自覚しているし、肌のハリも……自分で言っていてツライ。10代に戻れるものなら戻りたいと思ったことがないわけではない。しかし実際になってみると違和感しかない。

「どこぞの彼らのように幼児になったわけじゃない。不幸中の幸いと思うんだな」

翌朝目覚めても体はピチピチの10代だった。あらゆる部位をペタペタと触って確認しながらリビングに入った私を、すでに起きていた彼は特に表情を変えるでもなく出迎えた。

「本物の赤井さんだ」

そこにいたのは沖矢昴ではなく素顔の赤井秀一だった。朝から全身黒尽くめだがニット帽は被っていない。700ヤード先を射抜くスナイパーの指はコーヒーカップを手にしていて、長い脚は組むとダイニングテーブルに収まらないらしく体全体を少し斜めに座っている。そして標的を見据える緑の瞳の中には今私が映っていた。
色気の権化のような存在だ。
私があまりに呆けた顔で立っていたからだろう。赤井さんはクスリと笑って「座らないのか?」と勧められたので大人しく対面の席へと腰掛けた。

「確かに小学生になるよりいいですけど……って今のはナシです!色々触れちゃいけないやつです」
「“志保”に相談してみるか?」
「赤井さん、私を揶揄って遊ぶのはやめてください」

憮然とする私に「コーヒー飲むか?」ととぼけてくるので、やけになって「いただきます」と言ってやった。赤井さんは立ち上がってコーヒーカップを棚から取り出した。

「俺のことも含めて事情を知っている人間は少なくてな。ついつい構いたくなってしまうんだ。不快に思ったのなら申し訳ない」
「不快じゃないですけど、生の赤井秀一が目に毒です」

正直な感想だが、赤井さんは怪訝な顔をする。無自覚か。
インスタントのコーヒーを私の前に置いた赤井さんは私が一口飲むのを待ってから話し始めた。

「一晩考えてみたんだが、君の衣食住を保障する代わりに協力をしてくれないだろうか」

思いがけない提案に固まってしまった私を眺める赤井さんはどこか楽しんでいるように見える。

「君はこの世界では身元不明人だ」
「うっ……そうですね」
「だが幸いなことに君は我々の事情をよく知っている」
「それが幸いなのかは判断がつきかねますけど」

ここは米花町だ。よく知っているのは登場人物のことだけではない。この町の事件発生率の高さだって知っているのだ。……あ、この町で一人で生きていくの結構厳しい?
私の湧き出た不安を見透かすように赤井さんが続けた。

「難しいことを頼むつもりはない」
「そりゃあ私は探偵でも公安警察官でも空手の有段者でもない極々普通のモブなので大したことはできません」
「沖矢昴の妹になってもらいたい」

沖矢昴の妹という強烈パワーワードに眩暈がする。
どうか聞き間違いであって欲しいが目の前の赤井さんは真面目な顔だ。くっそ顔がいい。
深呼吸をして平静を取り戻そうと努める。1回、2回、3回。私の脳も心臓も全く落ち着かない。諦めよう。

「男の一人暮らしよりも妹がいた方がカモフラージュになる。事情を知る君になら頼めるし、君は衣食住が確保できる。必要であれば手当も付けよう」

赤井さんの言い分は理解できる。ただでさえ胡散臭い大学院生の沖矢昴だ。家族がいることをアピールできれば幾分かマシだろう。しかもこの世界で知り合いが(一方的に知っている人はいるが)いない私にとって、赤井さんのそばにいられるのは心強い。
しかし、だ。赤井秀一と暮らす?沖矢昴が兄?無理無理無理。そんなの私の精神が持たない。

「……ご面倒を掛けますが、就職先だけでも斡旋していただければ頑張って生きていきますので」

「それは君が27歳の場合だろう。忘れていないか?君は今未成年。安全かつ満足な暮らしができる就職口はかなり限られていると思うんだがな」

グッと言葉に詰まる私に、赤井さんは尚も追撃の手を緩めない。

「居住場所にしても保証人が必要ではないのか?」

保証人がいない無職の未成年に部屋を貸してくれる不動産屋はいない。いるかもしれないが、それは利用してはいけないやつだ。いくら逼迫していてもそれくらいの分別はある。
だから私は自分が詰みであることは十分に理解していた。

「協力させていただきます」

数日後、私は帝丹高校の編入試験を受けたのだった。


▲▽▲▽▲


こうして転入初日を終えて帰宅した私は、リビングで寛ぐ沖矢さんを発見した。
赤井さんは朝食を終えた後で沖矢昴になる。そして私が寝た後に赤井さんに戻っているらしい。赤井さんの素顔を拝めるのは朝の1時間程度だ。

「赤井さん〜やっぱりJKはハードル高いです」

泣き言を漏らす私に沖矢さんは溜め息をついて読んでいた本を閉じた。ソファのひじ掛けに頬杖を突く姿はそれだけで絵になる。

「何度言ったらわかるんですかね?私は昴で君の兄です」
「まさか私に赤井さんをお兄ちゃんと言わせようとしてます?絶対無理です。家出します」

断固拒否の姿勢で臨む私に、赤井さんの表情が緩む。

「“赤井”以外なら好きに呼んでくれていいですが、なるべく自然なもので頼みます」
「兄上、お兄様、にぃに、兄貴……兄さん、は秀𠮷さんが呼んでますよね」
「本当によく知っているな」

秀𠮷さんと同じなんて恐れ多い。世良ちゃんの秀兄呼び方もまずできない。そう言えば今日学校に行った時に世良ちゃんはいなかった。転入前なのかもしれない。

「あ、じゃあ昴君ってどうですか?兄妹でもそんなに変じゃないと思いますけど」

我ながら見事な回避案だ。しかし赤井さんは「昴でも構いませんが」と海外育ちならではの提案を持ち掛けてきた。もちろん謹んで辞退させてもらった。そんな緊張感のある呼び方で生活できない。

「その代わり、私のことも名前で呼んでくださいね。妹のことを“君”なんて言いませんよ」
「確かに」

真面目に頷いた沖矢さん改め昴君は本を置いて立ち上がった。そしてスッと手を差し出して来た。

「これからよろしく。名前」

沖矢昴の声で自分の名前を呼ばれる日が来るなんて考えたこともなかった。恥ずかしさと嬉しさと戸惑いとが一度に沸いてきて頭の中がくちゃぐちゃだ。顔が熱くてたまらない。
震える手を持ち上げると大きくて節だった手がギュッと力強く握った。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -