Dream


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temptation



カランという鈴の音と共にポアロに入ると見知った女子高生たちが会話に花を咲かせていた。蘭、園子、真純の3人だ。空手の関東大会チャンピオン、財閥令嬢、探偵。なかなかに個性的な3人だがこうして集まって騒いでいる分には普通の高校生に見える。

「この時間に来るなんて珍しいね?」

カウンター席に着いた名前に安室が尋ねるが、それには答えずにミルクティーを注文する。

「お疲れみたいだけど甘いもの食べるかい?」
「ううん。それより普通にご飯が食べたい。お昼まだ食べてないの」

女子高生が学校を終える時間だ。いっそ昼を抜いてしまおうかと思ったのだが、仕事上いつ不測の事態が起こらないとも限らない。今日は安室がシフトに入っているはずだと疲れた体を引っ張ってポアロに来たのだ。
テーブルにミルクティーを置いた安室は「わかった」とだけ告げて支度を始める。何を食べたいかは言っていないし聞かれてもいない。だが目の前に並べられた食材を見る限り名前の望んでいたメニューなので大人しくできるのを待つことにした。

「ケイさん!ちょうどいいところに!」

名前……待田ケイが来ていることに気づいた園子が大きく手を振っている。悪い予感にとりあえず愛想笑いを返すが、こっちへ来いと手招きされた。全く遠慮がない。
仕方なくミルクティーを持って園子たちのボックス席へと移動する。正面に蘭と園子、隣に真純。どう見ても自分だけ異質だ。

「今ね、大人の色気について話してたの」
「はい?」
「世良ちゃんがガサツでさぁ!このままじゃいけないって話し合ってたのよ」

チラリと蘭を見れば頬を掻いて苦笑い。その隣の真澄は憮然と腕を組んでいる。なるほど。いつもの園子の暴走らしい。

「大人の色気を振り撒いてるケイさんから何かアドバイスない?」

なかなかの言われっぷりだ。確かに意図的に装っているところもあるが、待田ケイはあくまで普通の会社員だ。女子高生たちからそんな風に見られていたとは。今後のふるまいを見直した方がいいかもしれない。
名前が心の中で悶々としていると、カウンターの向こうで安室が笑う気配がする。JKに人気の喫茶店店員が人のことを言える立場だろうか。

「ほら、園子。ケイさんも困ってるよ」
「いいじゃない!減るもんじゃないし」
「ボクは興味ないんだけどなー」

三者三様だ。幸いなのはここにコナンがいないことか。あの子がいたら居た堪れないだろう。

「ケイさんってJKの時からそんな色っぽかったの?」

本当に気持ちがいいくらい遠慮がない。年上に対する態度としては及第点を出せないが、全く嫌味がないのでこちらが折れてしまう。名前は苦笑いしながら当時のことを振り返る。

「普通の高校生だったよ」
「嘘ね!」
「絶対にたくさん告られてましたよね?」
「学園のマドンナとか言われてたりしたんじゃないか?」

なぜか蘭にまで否定されてしまった上に真純まで悪ノリしてくるではないか。

「そんなことないわよ。私ガリ勉だったから」
「「ケイさんが!?」」

蘭と園子の声が綺麗に重なる。
そもそも名前にとって学生生活は眩しい青春時代にはなり得なかった。仲の良い友人はいた。男子生徒から好意を向けられることもあった。だが抱えた大きな秘密は決して話せるものではなかったし、それを抱えたまま親友や恋人を演じられるほど名前はまだ大人ではなかった。

「じゃあ大学デビューですか?」
「私らでもケイさんみたいになれるってこと!?」
「なぁ、大学はどこに行ったんだ?」

興奮している蘭と園子とは逆の落ち着いた声。頬杖をついてこちらを見ているのは女子高生探偵の眼だ。
以前から待田ケイのことを探っている節があるとは思っていたが、真純との間にはほとんど接点がない。だから何を探られているのかもわからなかった。だが今の問いで原因が判明した。

(コナン君以外にも怪しまれてるじゃない……)

待田ケイと安室は『大学の』同期だと思われている。待田ケイの大学がわかれば安室のことも調べることができる。なぜこんな事態になったのか。今すぐキッチンの中の人間に問い質したいところだがそれは我慢した。

「ケイさんって謎が多いよな」

こちらを覗き込む真純は挑発するように口元に笑みを浮かべている。

「質問には答えてるはずだけど?」
「でもその答えが1本の線にならない。きっと嘘もついてないんじゃないか?ケイさんは頭がいいな」
「誉め言葉として受け取っておくわね」
「カルボナーラお待たせ」

名前の前にコトリと皿が置かれた。名前の好みに合わせて少し多めの黒胡椒が鼻腔をくすぐる。
不自然極まりないタイミングでのことに真純がジロリと安室を睨むが「何ですか?」ととぼけている。名前はせっかくの料理が冷めないうちにとフォークを持つ。安室と名前の顔を交互に見た真純はこれ以上は無駄だと悟り、首を振って肩を竦めた。

「ケイさんに誘惑されたら安室さんでもコロッと行くわよね!?」

恐ろしいことを聞くお嬢様だ。いや、これが若さなのかもしれない。
突然向けられた矛先に安室は戸惑いと爽やかさを同居させた笑顔で答える。もちろん計算してのことだが、園子は気づかない。

「ケイさん美人だし、おっぱいも大きいぞ?」

話を逸らされた仕返しのように真純が悪い顔で見上げる。まさか安室がこの程度で動じるとは思っていないだろうから、ちょっとした揶揄いのつもりだろう。

「男が全員それで釣れるわけじゃないですよ」

当然安室は爽やかに否定する。予想通りだ。だが待ってほしい。その釣れないはずのものを数日前に帰ってくるなり断りもなく好き勝手に触っていたのは誰だ。
黙ってパスタを食べている名前から不満を感じ取ったのか、安室がチラリとこちらを見た。

「誘惑……ですか」

安室が動く気配に腰を浮かしかけたが、右には真純が座り左には安室が立っていて逃げ場がない。
ニッコリと笑った安室が腰を屈める。

「女性はどうすれば誘惑されるのかな?」

安室の唇が名前の耳朶に触れそうな位置で動いた。甘く絡め取るような口調。腰からゾワリと何かが駆け上がっていく。
前に座る2人が頬を染めて悲鳴を上げた。こんな風に囁かれれば園子の言葉を借りるなら“コロッと”行ってしまうだろう。ただし、それは相手が普通の女性だった場合だ。

「そうね。私は甘いデザートになら誘惑されてもいいわ」
「チョコレートムースだね。了解」

名前が上品に微笑むと、安室はあっさりと体を起こした。
全く靡かない2人に拍子抜けしたのか、園子が大きな溜め息をついた。

「安室さんもケイさんも大人過ぎて参考にならないじゃない」
「あはは。僕たちはともかく、君たちだってそれぞれ魅力があるんだから無理しなくてもいいんだよ」

安室はそう言うとキッチンへ戻って行った。彼はごく自然に発していたが、蘭と園子はそのキザな台詞に顔を赤くしている。真純は鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。
しかし名前も安室に同感だ。名前は自分の魅せ方を知っている。だからより強調されて彼女たちの眼に映っているだけだ。この3人が各々に魅力的であることは明らかで、彼女に想われていながら待たせっぱなしのどこかの彼氏たちはもっと反省した方がいい。
しばらくすると女子高生たちはこの話題に飽きたのか、今日あったクラスで出来事を名前に聞かせ始めた。相槌を打ちながら耳を傾けていると、鞄の中で名前の携帯がメールを受信する。断りを入れてメールを開くとそれはよく知る男からのものだった。

『今夜部屋に行くから僕を誘惑してくれよ』

振り返ると、チョコレートムースを持った安室が涼しい顔でこちらに向かってきていた。



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