Dream


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Epilogue



黒の組織を壊滅に追い込んで数年。FBIを含む各国の警察は組織の残党の検挙や、裏社会に侵食していた組織の影響を払拭するため奔走していた。
江戸川コナンは工藤新一に戻り、今では大学生活を満喫している。もちろん毛利蘭との交際も順調だ。しかし今日は蘭が園子と出掛けるらしい。講義が終わった後の予定を決めかねて大学構内をぶらぶら歩いていた新一に服部からの着信があった。

「どーしたぁ?服部」
『よぉ!工藤!』

服部からの電話は事件絡みのことが7割。残り3割は和葉との喧嘩の愚痴だ。電話口の明るい声に、少なくても後者ではないとわかりホッとする。正直、事件よりも彼らの喧嘩に巻き込まれる方が厄介だ。

「何だ?事件か?」
『事件?まあ事件ちゅーたら事件か。降谷はんがキレッキレで大阪府警のおっさんたちがタジタジやって、教えてやろう思てな!』
「……降谷さん?」
『何や知らんのか?工藤の知り合い言うてたで?昨日も刑事部長が論破されてもうてな。グチグチうっさいおっさんやったから溜飲が下がったわ』

降谷と大阪という単語が結びつかない。見えないのはわかっていても首を傾げてしまう。

「降谷さんならオレ昨日会ったぜ?」

新一が抱えている事件で必要な情報があったがなかなか確証が得られない。降谷なら知っているだろうと駄目元で相談してみたのが昨日だ。結果はあっさりと余裕の笑顔で躱された。一介の私立探偵相手にそう易々と情報を提供してくれるとは思っていないが、目に見えて肩を落とした新一を楽しそうに眺める降谷には少々腹が立った。しかし店を出る時に会話の中でさりげなくヒントを漏らしてくれたので感謝はしている。
しかし服部は新一の言葉にますます混乱してしまっている。

『はぁ?何言うてんねん!?先月から大阪府警に出向してきたやろ!』
「それ本当に降谷さんか?」

先ほどから会話が噛み合わない。新一が昨日降谷に会ったのは事実なのだ。疑わしげに尋ねると、服部は心外だとばかりに声を荒げる。

「確かや!降谷名前言うてたで!!」

新一がポカンと口を開ける。

「………………はあぁぁぁぁ!!??」

周囲の学生が一斉に新一を振り返るほどの大声に、服部はしばらく耳鳴りが止まらなかった。


□ □ □


「降谷さん!!」

昨日も会ったばかりだと言うのに嫌な顔一つせずに新一を迎えたのは警察庁・警備企画課の警視正となった降谷零だ。役職が上がってデスクワークが増えたと漏らしていたが、忙しさで言えばトリプルフェイスの時とさほど変わらないように見える。警察庁のロビーで足を組んで座っている姿は30を超えたとは思えない。女性職員がチラチラと遠目にしているが気にする素振りはない。いつものことなのだろう。

「何だい?新一君。怖い顔して」
「名前さんのことです!!」

勢い任せに詰め寄った新一の意図するところがわからないとばかりに「ん?」と小さく首を傾ける。

「何で教えてくれなかったんですか!結婚したって!!」

服部から電話があったこと、名前が出向先の大阪府警でも頭のキレは健在であることを伝えると降谷はクスクスと笑い出す。

「1ヶ月しか経ってないのにそんな様子じゃあ早々にこちらへ戻されそうだなぁ」
「降谷さん!話をそらさないでください!」
「まあまあ落ち着いて。それなら僕は、新婚早々に妻が単身赴任してしまって一人寂しく新居のダブルベッドで寝ているって報告すれば良かったかな?」
「うっ……」

降谷は新一の反応を楽しんでいるようだが、話の内容は笑えない。確かにそんなことを報告されても困ってしまうだろう。

「新一君も知っての通り、彼女は特殊な経歴の持ち主だ。そのせいでずっと潜入捜査を続けていたからキャリア組なのに地方への出向ができていなかったんだ。組織が壊滅して僕の潜入捜査も終わり、彼女とのバディを解消した。そして彼女の潜入捜査も無事終了。このタイミングは逃せなかったんだよ」
「だからって新婚なのに……」
「そうだね。だからさっき僕が言ったのは全部建前だよ」

ずっと朗らかだった降谷の表情がすっと冷ややかになる。この背筋が凍りそうな微笑は以前に見たことがある。バーボンの影をチラつかせながら降谷は足を組み直した。

「彼女、上からの受けがとてもいいんだよ。美人だし仕事ができるし酒も強い。おじさんの扱いもうまいもんだから、自分の息子と……って考えていた連中が多かった。だからこのタイミングでの出向は名実ともに彼女を手に入れた僕への嫌がらせだよ」

最後に舌打ちが入ったのは聞こえなかったことにした。
新一も蘭とほぼ毎日会っているというのに、会えない日は惜しいと感じる。何年も待った2人にとってそれがどれほど待ち焦がれたものだったかを思えば、舌打ちが出るのは当然だ。
立場上、上層部からの圧力との揉め事も多いと聞く。降谷にしてみれば公私ともに行方を阻む面倒な存在に違いない。
このままでは降谷の機嫌をさらに損ねるだけだ。別の話題を振らなければと新一は必死に脳内を巡らせる。

「そう言えば姓を変えたんですね、名前さん。旧姓のまま仕事をする人も多いのに」

そもそも『苗字』と言われれば服部との会話も混乱しなかった。事情がだいぶ違うが、蘭の母親も妃で仕事をしている。名前がキャリア組であれば尚更、職場で姓を変えるのは大変だったのではないだろうか。

「それが彼女の望みだったから」

降谷の声は静かだが重い。今こうして2人が穏やかな毎日を過ごすまで、どれだけのものを犠牲にしてきたのだろうか。新一には想像もできないが、2人の間に存在する信頼と愛情を垣間見ては、その深さに心震わせることが何度もあった。だから願ってやまない。彼らがこれからも共に歩んでいけることを。

「降谷名前。いい名前だろう?」

大切そうに愛おしそうに降谷はその名を告げる。彼の口から紡ぎだされた名前は、聞き慣れないはずなのに不思議と心地良さがあった。ふわりと微笑んだ降谷は幸せという言葉では表せない程の喜びに満ちていた。


□ □ □


大阪府警の中をぐるぐると回ってようやく目的の人間を見つけた。缶コーヒー片手に壁に寄りかかる黒髪の女性。彼女を初めて見た時、その驚くほど整った顔立ちに警察官よりもモデルか女優でもやった方がいいのではと本気で思った。
しかし今やどうだろうか。服部の予想を上回る強かさで大阪府警を席巻しつつある。

「ここにおったんか。かくれんぼが上手やな」

服部が声を掛けると気づいた名前はヒラヒラと手を振ってみせた。
1ヶ月ほど前から大阪府警にいる彼女は警察庁からの出向だ。ただでさえキャリア組は現場の刑事に犬猿されがちである。その上女性でこの容姿だ。必ずひと悶着あるとは思っていたが、出向初日にそれは起きた。彼女の元では働きたくないと言う年配刑事たちが彼女に食って掛かった。相手はエリートコースを進んできた若い女性。集団で強く言えば怯えて今後の牽制になると踏んだのだろう。

「ずっと公安畑だったので現場を知らないのは確かです。それを勉強に来たのですから、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」

そしてその場にいた全員、一人一人の名前を呼んだ。あの極上の微笑みと共に。
たまたま府警を訪れていた服部と和葉もその場を目撃した。頬を染めた服部の頬を和葉が強くつねった痕はその日中消えなかった。
彼女も出向先で起こり得ることは大方予想していただろう。息巻いて自分に対抗してくる年嵩の男刑事たちに彼女は荒々しく言い返すでもなく、黙々と実務をこなすでもなく、楚々として微笑んでその場を問答無用で収める選択をした。
男社会で弱点にすらなりかねない自分の容姿も利用する。かなりの豪胆さを持ち合わせている人物だ。こうして缶コーヒーを飲んでのんびりしている人間と同一人物であることが結びつかない。

「関西に住んどったんやって?」
「新一君情報ね。就職するまで10年くらい住んでたのよ」

彼女の年齢からすると中学・高校・大学をこちらで過ごした計算になる。それならば元々は関東出身なのかもしれない。こうして聞かなければ関西に住んでいたことがわかならいくらい訛りのないことにも頷けた。

「なるほどなぁ。馴染むのが早いわけや」
「服部君には馴染んでるように見える?」

苦々しい名前の表情は全力で服部の言葉を否定していた。
初日は何とか収めたものの、何かにつけて反発してくる者は絶えない。どれほど乱暴な言葉を投げ掛けられても涼しい顔をしている彼女だが、内心でかなり腹を立てているようだ。
電話で名前の様子を話すと、新一は「優しく笑ってても思考はかなりシビアな人だから怒らせると怖いぞ」と言った。なるほどまだ着任して日が浅いので彼女なりに辛抱しているのかもしれない。これから彼女が大阪府警にどんな影響を与えていくのかとても興味深い。

「潜入捜査官やったって聞いたで」
「色々あってね。潜入捜査が得意だったの」

着任早々に全員の名前を憶えていたこと。決して心から歓迎されていない場所へ馴染むための即時の判断。自分自身全てが武器なのだと割り切って利用する潔さ。この年齢でここまで熟練されているのは珍しい。確かに彼女は潜入捜査官として優秀だったのだろう。

「そんならあんたにも偽名があったんか?」

彼女の夫は降谷零。彼もまた潜入捜査をしていた公安警察官で、服部との初対面では安室透を名乗っていた。だから会話の流れでごく自然と口にした問いだった。
しかし彼女は突然黙りこくってしまった。これまで何でも快く答えてくれた名前だ。マズイことを聞いてしまったのではと慌てた服部は、名前の表情を見て動けなくなった。
彼女は口元に笑みを浮かべて、じっと前を見つめていた。嬉しいのか悲しいのか、服部には到底測れない複雑な瞳は、どこか遠くを眺めているようだった。そしてゆっくりと目を閉じる。それほど長い時間ではなかったはずだが、再び瞼を開いた彼女はずっと昔の記憶を巡って、ここまで戻って来たように見えた。

「私はずっと私」

穏やかな声は確固たる強さを内に秘めているようだった。

「私は降谷名前よ」

何よりも大切な宝物であるように名前を告げる。彼女の口が紡いだ名前はずっと前からそうだったかのように耳に心地よい。ふわりと微笑んだ彼女は幸せという言葉では表せない程の喜びに満ちていた。



【End】



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