Dream


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Episode5. 07



土曜日だというのに(潜入捜査先の)会社へ出社し、最低限の仕事を片付けると午後になっていた。遅めの昼食をポアロに決めてドアを開けると、梓の「いらっしゃいませ」という明るい挨拶に乾いた心が潤った気がした。

「ケイさん!」

カウンター席でコナンが手を振っている。どうやら一人のようだ。小学生が保護者を同伴せずに喫茶店へ出入りすることに誰も違和感を覚えないのだろうか。名前にとっても最近では当たり前の光景になりつつあるので人のことは言えないが。
コナンの隣に座ってコーヒーとパスタを注文しようとすると、背後のボックス席から梓を呼ぶ声がした。そして続けざまに隣のボックス席からも「次はこっち」と声が掛かる。普段なら比較的空いている時間帯だが今日は例外のようだ。
名前が自分は後でいいと笑うと「ケイさんごめんなさい」と恐縮しながら梓がキッチンから出て行った。ついでにデザートも頼もうかとメニューを手に取ると、2人きりになるのを見計らったようにコナンが切り出した。

「久しぶりだよね」
「そうね。あの日以来ね」
「ケイさん……大丈夫だった?」

上目遣いで窺ってくるコナンはイタズラがバレた小学生にしか見えない。しかしその問いの中身は名前の職務上の進退についてなのだ。普通の小学生が心配することではない。

「私は大丈夫って言ったでしょう?大丈夫じゃなかったのは彼の方よ」

降谷が上官からたくさんの小言をもらったことを耳元でこっそり言うと、コナンからフッと笑いが漏れた。名前の軽口にようやくコナンが口元に笑みを浮かべる。

「子供は余計な気を回さなくていいのよ」
「オレの正体を知ってるくせに子供扱いしないでくれよな」
「あら。それも含めてあなたはまだ子供だと言ったつもりよ」
「もしかして子供が首を突っ込むなって言いたいのか?」

揶揄われたと思ったのだろう。コナンがジトリと睨んでくる。

「違うわ。大人を頼っていいってことよ」

名前からすれば高校生はまだ子供だ。どんな明晰な頭脳を持っていたとしてもどれだけ勇敢な心を持っていたとしても彼はまだ守られるべき立場で、守るのは名前たち大人の役目であるはずなのだ。
できるなら彼を巻き込みたくはなかった。しかし彼自身がそれを望まないのであれば、名前たちは大人の役割を果たすだけだ。
名前が微笑むと、数秒後にコナンも表情を和らげた。

「ケイさんは大人だなぁ」
「アラサーですから」
「そういうことじゃないんだけどなぁ。あ、オレのことだけど……」
「心配しなくても安室君には何も話してないわよ」

毛利小五郎に代わって事件を解決したり、赤井秀一と繋がりがあったりと、コナンがただの少年でないことは明白だ。だが名前が口を割らないのを知っている降谷は、もうコナンのことについては尋ねてこなかった。

「何で黙っててくれるの?安室さんに隠すメリットがあるとは思えないけど」

これまで彼にはコナンのことで幾度か詰め寄られたことがあるだけに苦笑が漏れる。確かにゼロである名前にとってコナンの秘密を守るメリットも義理もない。しかし名前はだんまりを続けるつもりだ。

「何でと聞かれると答えにくいけど……。私のワガママ、かな」

何て幼稚な言い回しだろうか。だが他に言いようがないのだ。案の定コナンは訝しげだ。

「公安がこのことを知れば、あなたを守るために工藤新一を死亡扱いにするはず。それは避けたかったの」
「仮に死んだことになってもオレは元の姿に戻るつもりだよ。そうすれば工藤新一の戸籍も元に戻してくれるんじゃないのか?」
「そうね。でもそれはいつ?蘭ちゃんだって工藤新一が死んだと知れば悲しむでしょうけど、いなくなった人を待つ人はいない。あなたは彼女に待っていてくれと言う権利を失くすのよ」

公安警察として判断すればコナンを保護した方がいいのは自明だ。しかしコナンは…工藤新一は決してそれを望まないだろう。そして安全な生活を送れることが幸せとイコールにならないことを、名前は知っている。

「あなたの身の安全を考えるならこの選択は間違ってる。でも私はあなたには帰る場所があって欲しい。だからこれは私のワガママなの。ごめんね」

名前の話にじっと耳を澄ましていたコナンがゆっくりと首を横に振った。

「ワガママなんて、そんなことないよ。ありがとう。ケイさん」

笑った顔が少し寂しげに見えたのは、名前がなぜこの選択をしたのか察してくれたからかもしれない。彼は犯人の動機すら推理してしまう探偵だから、きっと名前の気持ちもわかってしまったのだろう。

「安室さんはケイさんの過去のことを知ってるんだよね」
「ええ」
「それなら全部話せば理解してもらえるんじゃないの?」
「そうかもしれない。でも私は彼にこの選択を強要するつもりはないの。ゼロとしての彼の矜持を汚すことはしないわ」

彼は自らの手を汚してもなお、ゼロとの誇りを失わず戦い続けている。それがどれほどの苦しみを伴うものなのか、名前はずっと隣で見てきた。自分がゼロとして誤った選択をしていることは理解している。だからこそ彼に賛同を求めることはしない。

「彼があなたの秘密を知ったとして、それをどうするかは彼自身が決めるべきよ」

自分で決めたことならどんな結果になっても受け入れることができる。他人の理由ではそうはいかない。名前はそのこともよく知っていた。
2人の話が区切れたのと同時に、梓が両手を合わせて謝罪しながらカウンターへ戻って来た。

「ケイさん、お待たせしてすみません!」
「今日は混んでるのね」
「そうなんです。本当は安室さんもシフトに入る予定だったんですけど……」

梓が濁したその先は言わなくてもわかった。
公安の方の事後処理がまだ終わっていないはずだし、最近は赤井秀一の作戦に集中していて他の案件も滞り気味だった。ポアロに出る時間はないだろう。
梓はボックス席2つ分の注文に忙しなく動き始める。

「何?コナン君」

最初は黙って梓の手元を眺めていたが、あまりにコナンがこちらを凝視してくるので聞かずにはいられなくなった。

「ううん。ホラ、安室さんはわかりやすく嫉妬したり牽制したりするけど、ケイさんはあまりそういうことがなかったから……」

梓がボックス席へ料理を運んでいく。それを横目で確認しつつ、名前がそうしたようにコナンも耳元に口を寄せる。

「でも、ケイさんも安室さんのことをすごく大事に想ってるんだね」

コナンの真っ直ぐな言葉がむず痒い。そんな風に純粋に表現されるような2人ではないと言うのに。それでもどこを否定すればいいのかわからない。
名前が困ったように眉を下げるとコナンは満足そうに白い歯を見せた。



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