Dream


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Episode5. 05



名前からの口づけは降谷に火つけるには十分だったようだ。
2人は絡み合いながらベッドへ移動すると急くようにお互いの服を剥ぎ取っていく。その間もお互いの口内を味わうことは止めない。口の端から滴り落ちた唾液はどちらのものか。
大きな手が名前の背中に回り、ホックが外されると思った瞬間その手が止まる。

「……どうしたの?」

酸素が足りずどうしても荒い息遣いになる。

「セックスの前に確認したいことがある」

強張った表情で降谷が押し出すように言った。

「私はいいけど……」

ふと視線を下の方へ動かせば、すでに硬く主張しているものがある。

「僕は全くよくはないんだが、どうしても気になっていることがあるんだ」

名前を覆うようにしていた身体を起こし、降谷が大きく息を吐く。何度か深呼吸を繰り返しているのを横目に、名前は立ち上がり脱がされた服を拾う。乱れた髪を手櫛で整えて振り返った時には降谷はすっかりいつも通りに戻っていた。

「なぜ彼らに協力したんだ?」

胡坐に頬杖をついて穏やかな口調で尋ねてくる。しかし青い眼は真剣だ。
やはり……と思う。降谷が疑問を抱くのは当然だろう。

「彼らと組まなくても他にいくらでも方法はあっただろう?でも君は協力した。なぜだ?」
「頼まれたからよ」
「そうかもしれない。だが君はこれまでコナン君に協力的な態度を示しながらも、待田ケイが一般人であるという立ち位置は崩してはいなかった」
「易々と自分の正体を明かすゼロはいないわ」
「そうだ。だから君が頼まれたからと言って簡単に協力するはずがない」

降谷は断言した。
その通りだった。降谷の推理は正しい。名前は表舞台に立つつもりはなかった。実際、裏から手を回して降谷の計画を阻止する方法を考えていた。

「君は彼らに協力せざるを得なかった。なぜか。条件を満たしたからだ。君はコナン君に『証拠が必要だ』と言ったのだろう?それなら彼は証拠を見つけたんだ。君が苗字名前である物証を」

若くして多くの部下を持つ公安のエースであり、あの組織の中でも随一の洞察力だと言われる男には全てお見通しのようだ。
自分の計画を邪魔するのを煽るような言動をしておいて、名前が実際に阻止すればそれを疑問に思う。矛盾だらけのようだが全て辻褄は合っている。

「僕はその証拠が気になる。僕以外の人間が名前の大事な証拠を見つけたということに腹の底から嫉妬しているんだ」

綺麗な顔を歪めているのだから本心でそう思っているのだろう。あれだけ見事な推理を披露しておいて、名前への嫉妬心に帰結してしまうのだから呆れる。外部の人間が見つけたことや、そもそもどうやって見つけたのかは重要ではないらしい。
何より、この様子では彼は全く気づいていないようだ。名前自身ですら優作に指摘されるまでわかっていなかったのだから仕方ない。

「……降谷。約束をした日のことを覚えてる?」
「忘れるわけがないだろう」

急に話題を替えたが降谷は動じることなく答えた。

「あの頃、私は苗字名前と待田ケイの狭間で自分が保てなくなっていた」
「ああ」
「どうしてあのタイミングだったか、降谷はわかる?」
「潜入捜査に着いたからだろう?」
「それならどうして1回目は何もなかったの?」

待田ケイを偽名とするのは初めてではなかった。その前にも短くない期間を待田ケイとして潜入捜査をしていた。潜入捜査が引き金なら1回目の時に同様のことが起きていたはずだ。

「1回目と2回目の潜入捜査で違いがあったということか?」
「私自身にね」
「その間にあったことは……」

そこまで言って降谷がハッとした表情を見せた。

「2回目の潜入捜査で、私は待田ケイと呼ばれるたびに違和感が募っていった。これは1回目の潜入捜査ではなかったこと」

その理由を名前は深く考えてこなかった。しかし今ならわかる。

「待田ケイでいるのが長すぎたのね。ゼロに入って苗字名前に戻ったつもりでも、表面上でしかなかった」

思い返してみれば、最初の潜入捜査では待田ケイを名乗った方がしっくりきていた気がする。もしかすると公安では苗字名前、潜入捜査では待田ケイ、2つを呼ばれることでバランスを取っていたのかもしれない。
しかし2回目の潜入捜査の時には自分を苗字名前だと認識するようになっていた。すると待田ケイは偽名になった。だが待田ケイを偽物と認めることは過去の自分を否定することになり、自我のバランスが崩れた。

「どうして私は苗字名前に戻ったのかしら」

問い掛けながら降谷が答えに辿り着いていることを名前は知っていた。

「零、あなたが私を名前と呼んだからよ」

降谷が名前と呼ぶ。笑った時は高い声で、拗ねた時には低い声で、情事の時は少しかすれた声で。降谷の唇が名前と形を作るたびに、待田ケイとしての自分よりも苗字名前としての自分が大きくなっていった。
降谷に名前を呼ばれることで、自分を苗字名前だと認識するようになった。
しかしスコッチやライといったノックの存在がバーボンの立場を危うくさせ、降谷は名前と始めとした公安との接触を絶たざるを得なくなった。その結果、名前は降谷に名前を呼ばれない日々が続いた。そしてあのジレンマを起こした。

「自分が苗字名前である証拠はずっとないと思ってた。でも証拠はもうあった」

工藤邸で渡された写真には確かに苗字名前だった頃の自分が映っていた。不安もなく笑っていられた過去は懐かしい。失くしてしまった温もりは恋しい。でもそれだけだった。
そこにいたのは昔の自分だ。苗字名前ではあるが、今の名前ではない。
あの1枚で名前自身の自己が大きく変化することはなかった。物証があれば何か変わるはずだと思っていたのに。

「あの時起こしたジレンマこそ、私が苗字名前である何よりの証拠だったのよ」

名前自身、写真を手にするまで気づいていなかった。むしろ写真によって気づかされたと言っていい。
もう自分が苗字名前である事実は確固としており、写真があってもなくても変わらない。

「君を苗字名前に戻したのが僕」
「そうよ」
「君が苗字名前であることを最初に証明したのも僕か」
「だから意味のない嫉妬なんてしなくていいのよ」

名前が人差し指で降谷の鼻の頭をつつく。すると降谷は髪をガシガシと掻き回して顔を手で覆ってしまった。「うー」とか「あー」とか言葉になっていない声が聞こえる。
他の誰でもなく降谷だけなのだ。名前が名前を呼んで欲しいのも、呼ばれなくて不安になるのも。彼じゃないと駄目なのだ。

「わかった。嫉妬が見当違いなのは理解した」

降谷が顔を上げたのは3分後だった。色々な感情が渦巻いていたはずだがもうその影はない。いつもの冷静な彼そのものだ。

「それで、その証拠は僕に見られると都合が悪いのか?」

名前が一向に見せてこないからだろう。降谷は証拠がここにはないことを察しているようだった。

「ええ。とても都合が悪いものだったわ」

6歳の名前が映った写真は再び工藤邸の本の中で眠っている。
あの写真を残しておけた人間は名前の父しかいない。ゼロであった父が誰に託したのか、降谷が探らないはずはない。父がそう簡単に探り当てられる人間に預けたはずはない。だが降谷ならあるいは……。この件に工藤優作が関与していたのを知り、工藤邸で会った沖矢が優作の変装だとバレてはまずいのだ。今は、まだ。

「……わかった。でもいつか見せてもらうからな」

バタンと大きな音を立ててベッドに押し倒される。降谷は今度こそ背中のホックを外して剥き出しになった胸の頂上を口に含んだ。次々に与えられる愛撫に甘い声が漏れ始めた名前に降谷が口の端を上げた。

「確認は終わり?」
「ああ。僕が名前に甘いのが証明されたな」
「私はずっと前から知ってたけど?」
「煽るなよ。……本当にこんなに振り回されても腹が立たないなんて僕もどうかしてるよ」

絶え間なく動く舌に翻弄され、名前の感覚は麻痺し始めていた。それでも降谷の声に嬉しさが孕んでいたのは確かだった。



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