Dream


≫Info ≫Dream-F ≫Dream-A ≫Memo ≫Clap ≫Top

Episode5. 04



自宅で報告書をまとめていると携帯が鳴った。名前はチラリと横目にしただけだった。コール音を3回だけ鳴らすと携帯はまた静かになった。

□ □ □


そろそろ寝ようかとノートパソコンを閉じた時、玄関が開く音がした。こんな遅くにここを訪れる人間を名前は一人しか知らない。

「やってくれたな」

憮然とした表情で言い放ち遠慮なく部屋に入って来る。リビングの椅子に座ると名前にも座るよう視線で促してきた。相変わらず家主の存在を黙殺してくれる男だ。大人しく名前が対面に座ったのを確認してから降谷は端的に告げた。

「赤井秀一に逃げられた」

成功でコール3回、失敗でコール1回。コナンと決めたのはそれだけだ。詳しいことはわからない。だがどの要素が掛けても成功は成し得ない。名前には十分だった。
口の端を少しだけ上げてみせると、降谷は肩を竦める。

「君があちら側についたら分が悪いのはわかっていたが、あの少年……江戸川コナン君にしてやられたな」
「なぜあの子が関係していると思うの?」
「そもそもあの男の偽装死にコナン君は関わっている。来葉峠の死体が赤井であるかを照合するためにFBIはコナン君の携帯電話を警視庁に渡していた。つまりコナン君は赤井秀一に会って携帯に触れさせる機会があったということだ」

楠田陸道のことを調べていたからもしかしたらとは思っていたが、やはり降谷はコナンのことまで把握していた。

「それにアイツが言っていたよ。『あだ名が「ゼロ」だとあのボウヤに漏らしたのは失敗だったな』とな。自ら江戸川コナンと繋がりがあると言ってくれたわけだ。今回はうまく躱されたが沖矢昴も無関係ではないだろう。無関係ならあんな絶妙なタイミングで赤井からの電話がかかってくるものか」

偶然と言うにはでき過ぎている。しかし赤井と沖矢が別人であると認めて撤退した以上、今後は沖矢に迂闊に手出しはできないはずだ。それだけでも今回の作戦は成功と言える。

「あの男、僕の所属や本名まで突き止めていた。それだけならまだいい。アイツが寄越した楠田陸道の拳銃。あれは君の差し金だろう?」

何のことだかわからないととぼけるように首を傾げるが「上目遣いしても騙されないからな」と釘を刺された。

「あの拳銃は僕が公安警察であることとセットにすると効果的な切り札になる。公安の内情と僕の心理をうまく利用した作戦だ。素直に感心するよ」
「怒らないの?」
「これくらいで怒るなら君を軟禁してでも止めている。それに言っただろう?君だけは僕を裏切らない。君が僕の計画を阻んだなら受け入れるよ。きっと僕にとって必要なことなんだろう?たとえ僕自身が望んでいなくとも」

赤井秀一を逃した悔しさはまだ燻っているだろうに。逃がした要因の多くに名前が加担していることを知ってもなお、微塵の疑いもない信頼を寄せてくれる。
降谷がテーブルの上に置かれていた名前の手を取る。指を絡めてしばらく遊んだ後静かに微笑んだ。

「君がアイツを……赤井を恨んだりしないことはわかってるんだ。彼はライとして当然のことをした」

名前の父は組織に殺された。組織に対して憎しみや恨みを持っていてもおかしくない。だが組織の探り屋だった以上、父もまた裏切り者の誰かを手に掛けたはずだ。名前が憎しみや恨みを組織に向けると言うことは、父にも同じものを向けることになる。
だから組織が裏切り者へ制裁を与えることに名前は負の感情を持つことを止めた。赤井が手に掛けたのが仲間である諸伏であったとしてもそれは変わらない。

「しかし僕の知る公安の苗字名前はそれが個人の感情であることも理解しているはずだ。だから彼を捕らえるのに納得できる理由があれば私情は収めて協力できる。だが今回の計画は頑なに反対した」

絡められていた指が解かれ、降谷はゆっくりと名前の手で拳を作る。そしてその拳を自分の大きな手でギュッと包み込んだ。

「なぁ名前。君があの男を死なせたくない本当の理由はなんだ?」


□ □ □


名前の頭の中に数時間前の沖矢との会話が蘇る。
それはコナンや優作がカメラやマイクの準備で応接室から出たタイミングでのことだった。

「コナン君たちに話さないんですね」
「何をですか?」
「公安の降谷零が赤井秀一を憎んでいる理由です」

沖矢の細められた目からは本音を垣間見ることはできないが、声は凪いでおりその問いが名前に対する不信感や猜疑心ではないのはわかった。そしてその態度こそ名前の中でずっと抱えていたある仮説が正しいものであると確信させた。
一度深呼吸をした後、名前はゆっくり話し始めた。

「あの場にいたのはスコッチとライ。ならばライはスコッチを保護しようとしたはずです。捜査員を殺してしまえば日本警察との協力を得られなくなる可能性すらある。自分の拳銃を渡して自決させたなんて到底納得できませんでした」
「しかし実際にスコッチは自決しています」
「だから私は現場に行きました。それともう一つ、どうしても気になったことがあったので」
「何が気になったのですか?」
「あの日の状況を私は報告書で読んだ以外にも、バーボン本人から聞きました。非常階段を駆け上がったのだと言っていました。だから私は実際に非常階段を昇ってみました」

そこまで言って名前は顔を伏せた。

「あの階段は音がよく響く」

目を閉じると今でも聞こえてくる。身の軽い名前の足取りすら拾い上げ鳴らしていた、あの音が。

「ライは彼の自決を止めようとしたんですよね」
「なぜそう思うのですか?」
「バーボンが、ライは返り血を浴びていたと。返り血を浴びるほどに至近距離にいた。それはリボルバーのシリンダーを掴んで止めたからじゃないですか?でもそれを一瞬緩めてしまう何かが起きた。例えば……非常階段から別の人間が昇ってくる音とか」

階段を駆け上がって来る何者かが組織の人間であるのは間違いない。このままではライが手を下すことになるだろう。しかしスコッチはそうさせたくなかったはずだ。だからほんの僅かな隙を逃さず引き金を引いた。

「憶測ですね」
「はい。憶測です。だから私はこのことを彼に話していません」

名前が黙し続けていたことを彼は怒るだろうか。しかし怒られるのは覚悟している。ただ、勘違いはして欲しくない。名前は降谷が真実を知ることを恐れているのではない。

「ライは公安警察官だったスコッチを自決させた。だから降谷は彼を恨んでいる。赤井捜査官本人は否定しないでしょう。でも探偵であるあの子はどうですか?私ですら抱いた疑念をあの子が持たないはずはない。私はそれを避けたい」

降谷は残酷な真実を受け止める必要があるのだ。そうでなければその先へ進めない。
これは降谷と赤井の確執。だから彼自らが辿り着くか、赤井の口から真実を明かすか。そのどちらかでしか解けない。他の人間が介在したところで最後は降谷と赤井の双方が認めなければ結局のところ何の意味もない。
だから赤井秀一には生きていてもらわねば困るのだ。赤井のことを庇っているのではない。全て降谷のためなのだ。

「あなたが隣にいることは彼の人生で最大の幸福ですね」

沖矢の言葉は皮肉なのかもしれないのに、なぜかとても真面目に聞こえた。
そうであってほしい。でもその答えはずっと遠いところにある気がする。名前は曖昧に微笑むことしかできなかった。

□ □ □


「大丈夫。降谷はきっと辿り着ける」

名前の拳を包み込む降谷の手を見つめながら、それでも力強く言った。

「どこへ……と聞いても教えてくれないんだろうな」

仕方ないなと笑った降谷は手を開くと、再び指を絡め始めた。男性の割には細い指が名前の指を擦る。

「名前がそう思っているなら僕はそこへ行けるようにするだけだな」

聞き出す方法は降谷なら何通りもだって考えられるだろう。しかし降谷はあっさりと全てを飲み込んでしまう。こんなにも名前を信じてくれる。その降谷を名前が信じないはずがない。
多くの大切な人がすり抜けていってしまった彼の手が今度こそ真実を掴み、その先の明るい未来へ名前の手を握って歩んでいけると信じている。

「でも名前が奴のために心を砕いているのは気に食わないな」

絡めた手を引いてテーブル越しに名前を引き寄せた降谷はニヤリと笑ってからキスをする。
チュッという軽いリップ音の後、もう一度触れた唇は舌を伴って名前の口を割った。舌、歯列、上顎。降谷の舌が口内を余すことなく味わう。名前は掴まれていない方の腕を机について体を支えていたが、深くなっていく口づけに徐々に力が抜けていく。そして名前がバランスを崩しそうになったのを見計らったように糸を引いて唇が離れていく。

「独占欲も大概ね」
「名前限定だよ」

青い瞳が熱を持って名前を映している。ゾクリと背筋を這い上がるものを感じて、いつの間にか解放されていた両手を降谷の両頬に添える。数秒見つめ合った後に今度は名前から唇を寄せた。



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -