Dream


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Episode0.7310. 07



警察庁を出た降谷はそのまま待田ケイの家に向かった。彼女のセーフハウスと言いたいところだが、彼女の戸籍は待田ケイのままなので待田ケイの家が自宅、苗字名前の家が事実上のセーフハウスとなっている。
急いで車を飛ばしてきたが、苗字は潜入捜査先の会社へ出勤している。当然のことながらチャイムを押しても反応はない。鍵もしっかりかけられている。本来なら家に来たことを彼女に伝えるべきだ。しかし降谷はポケットからピンを取り出した。

「ごめん」

待田ケイの家のセキュリティは高くない。一般人である待田ケイが必要以上に防犯にこだわるのは不自然だからだ。数秒で開いたドアから降谷は無人の家に足を踏み入れた。


■ ■ ■


すっかり暗くなった空に星が見える頃、玄関から音がした。数時間前に降谷が開けた後施錠をした扉だ。寝室のベッドに腰かけていた降谷は黙ったまま、その人物が現れるのを待った。

「不法侵入じゃない?」

茶色の巻き髪に艶めいて光る唇。ジャケットとスカートはそれほど堅苦しくないデザインだ。華美になりすぎないギリギリでまとめられた待田ケイが、寝室の入り口の壁に寄りかかって腕を組んでいた。

「ちゃんと連絡入れただろ?中で待ってるって」
「詭弁ね。入ってからの事後報告のくせに。第一、私は招いてないわ」

溜め息をついてバッグを置いた苗字が、脱いだジャケットを無造作にベッドに放り投げようとして手を止める。降谷の方をチラリと見た後、ジャケットはハンガーに掛けてクローゼットにしまわれた。

「驚いたでしょう?」

その呟きが今は綺麗に片付いたこの部屋を指していることはすぐにわかった。

「驚いたよ。初めてこの部屋に入った時より驚いた」

まだ公安として駆け出しの頃、怪我をした苗字の手伝いをするためにこの部屋に通うようになって初めて知った彼女の悪癖。何度小言を繰り返しても治らなかった。それでも降谷と寝るようになってからは部屋が散らかる頻度も度合いもマシになっていた。だが今日降谷が見たこの部屋は“散らかっている”というよりも“荒れていた”。
クローゼットの中は殆ど空で、脱ぎ散らかされた服がベッドの上に何重にも積み上げられていた。この部屋を何度も片付けた降谷は彼女の持っている服をだいたい把握していたが、見たことのないものも多かった。そして部屋の隅にある大量の紙袋。ここ最近購入したのだろうことは想像できた。だが数が多い。そしてその真新しい服もぞんざいにベッドへ脱ぎ捨てられている。まるで洗濯やクリーニングに出す代わりに新しい服を買っているようだった。
床には新聞や雑誌やダイレクトメールだけでなく、商売道具であるはずの化粧品まで転がっていた。アクセサリー類はテーブルの上に外したままの状態で放置されている。
キッチンは汚れていなかったがそもそも自炊をした跡がない。冷蔵庫の中は申し訳程度の飲み物が入っているだけだった。
以前と同じだったのはゴミが溜めこまれずに処理されていたこと。
そんな部屋に降谷は絶句した。だが動けなかったのは1分程だ。苗字に部屋で待っているとメールをして無言で片づけを始めたのだった。

「忙しいと聞いた。僕が負担を掛けている一因だということも自覚している。しかし……」

それを差し引いたとしてもこの部屋からは真っ当な生活の匂いを感じられない。
忙しさだけでここまで荒れるとは思えない。部屋を片付けながら、降谷は苗字の異変を確信した。

「本当に忙しかったのよ」
「嘘じゃないだろうが、本当でもないな」

嘘にならず本音を隠す言い回し。苗字が得意とする……いいや、得意と言うのは少し違う。癖と言った方が近い。公安警察として、潜入捜査官として習得したものならどれだけ良かったか。まだ子供だった彼女が無意識にそうしてきたのであれば、こんな悲しいことがあるだろうか。

「何があったか僕に話す気はあるか?」

苗字の手を引いてベッドに座らせ、自分は膝をつく。両手を握れば初めて彼女と握手をした時のような冷たさが伝わってきた。化粧で隠しきれない顔色の悪さが、かえって彼女の美しさを強調している。

「僕に言えないなら他の誰にも言えないぞ」

降谷は真剣だったがギュッと結んでいた苗字の口がポカンと開く。それを見て自分の言ったことの重大性に一足遅れて気がついた。
きまりが悪くて目をそらしたくなったが、間違いなく本心であるので言い訳をするのもおかしい。だから苗字を見上げて尋ねる。

「違ったか?」

真っ直ぐ見つめれば、苗字の深い色の瞳に自分が映っていた。

「いいえ。その通りよ。こんなこと誰にも言えない……降谷以外には」

握っていた手に力が込められる。細い指は少し震えていた。

「決定的な何かがあったわけじゃないの。でも少しずつ私の中に蓄積されていった。これは私の自業自得。……きっと罰なんだわ」

何かを耐えるように顔を歪めて苗字が首を振る。そして震える声が問いかけた。

「ねぇ降谷。私は誰?」



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