Dream


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Episode0.7310. 06



苗字が新しい潜入捜査を始めて半年以上が過ぎた。再び待田ケイとして潜入した彼女だが、相変わらず降谷のバディとしてこれ以上なく良く立ち回ってくれている。むしろ公安の案件は殆ど任せきりと言っても過言ではない状態で、降谷は常にバーボンとしての任務に追われていた。
それもそのはずで、CIAのNOC(後にイーサン・本堂という名だと公安から報告が入った)に続いて、スコッチ、そしてライまでもがNOCだったことが判明した。少しでも怪しい行動をすれば即不穏分子として処分されかねない状態の中、スコッチやライと行動を共にしていたバーボンは特に厳しい目が向けられていた。

(あー……会いたい)

車のウィンドウ越しには仲良く腕を組んで歩く男女がいる。今日は金曜日だ。すでに空は暗くなり、これから2人きりの時間を楽しむ恋人たちが街には溢れている。そんな普通の風景が今の降谷には眩しい。
どこに組織の目があるのかわからない張り詰めた毎日。それには慣れた。だが、苗字に会えないのは正直堪える。電話だけでは物足りないし、会って抱き締めて吐息や体温を感じたい。

(もう少しだ。もう少し)

バーボンの動きに隙はない。そろそろ組織もバーボンへの監視を解くだろう。そうすれば公安の仕事もできるようになる。苗字に会いに行くこともできる。
その時、助手席に置かれていた携帯が着信を告げた。せめて日付が変わる前に帰りたかったが、残念ながら叶わないようだ。
大きく息を吐き、目を閉じる。再び開いた青の双眸は鋭く前を見据えていた。


■ ■ ■


一歩足を踏み入れた瞬間、入り口から奥へ放射線状にざわつきが広がった。

「降谷!久しぶりだな」
「長らく席を開けてしまってご迷惑をお掛けしました」

先輩たちが降谷の姿を認めて声を掛けてくる。
頭を下げて礼を伝えた後、降谷は警察庁警備企画課の自席に着いた。ここへ座るのはいつぶりだろうか。思い出すのも難しい。それにもかかわらず降谷のデスクは書類が積み上がることなく整然としていた。苗字が管理してくれていたことは明らかだった。彼女の自宅の惨状を考えると俄かに信じ難いが、仕事における彼女の管理能力は確かなものだ。

「とりあえずこれまで出した報告書について課長が話したいって言ってたぞ」
「わかりました。課長のところに行ってきます」
「こっちが公安関連の資料だ。急ぎのものは苗字が処理してある。公安の案件も動けるならここから引き継げ」
「はい。……あの、苗字は今日登庁しないんですか」
「何だ。聞いてないのか」

先輩が意外そうに降谷を見る。心当たりのない降谷は困ったように微笑むことしかできない。

「アイツ、立て込んでるみたいでな。ここへも深夜書類を処理しに来るだけで、朝にはもういないのが常だ」
「そんなに忙しいんですか?」
「俺たちより降谷の方が詳しいはずじゃないのか?バディだろ?」

それを言われてしまうと何も返せない。しかしバディと言っても降谷が助けられてばかりで、苗字を助けたことはあっただろうか。

「最近会ったか?」
「いいえ。監視の目もありましたし、タイミングも合わなくて…」

その上最近では電話よりもメールでの報告が多くなっていた。たまに電話をしても仕事以外の話題に触れることなく切られてしまう。ずっと組織に見張られていた身では食い下がることもできなかった。

「おいおい。お前たち付き合ってるんだろ?大丈夫か?」
「……付き合ってません」

お決まりの否定が自分自身を殴った。
付き合っていない。確かな言葉も伝えていない。聞いていない。曖昧なまま進めた関係はただ会うことすらままならない。近況の報告。一緒に夕食を食べる。些細であってもこれまで会うことに理由をつけていた。しかしそれは「仕事がある」の一言であっさり跳ね除けられてしまう。2人の間で明確なのが同期であり同僚でありバディである関係のみである以上、仕事より優先するものなどないのだ。

「忙しいことには違いないが、捜査の方は順調だから心配するな。待田ケイは今回も活躍してくれるさ」

歯切れの悪い降谷に対するフォローのつもりだったのだろう。だが逆効果だった。
待田ケイ。その名前に反応して降谷の中に燻っていた不安が顔を出す。彼女を信頼しているからと言い訳をして気付かないふりをしても、なくなることはない。それはジワジワと着実に降谷の心の中に毒のように侵食し続けている。

「どうした?降谷」
「苗字は……どれくらいここへ来てないんでしょうか」
「だから来てないわけじゃ……」
「いつからですか!?」

降谷の鋭い視線に先輩の顔が強張った。

「……だいたい3ヶ月くらいか」

3ヶ月前。ベルモットの呼び出しで会う約束がなくなった日もそのくらいではなかったか。その翌朝の電話で彼女に違和感を覚えた。メールでの連絡が増えたのもその頃からだ。
不安は益々増殖して背中を這い喉元までせり上がる。

「久しぶりに来たのに申し訳ないのですが、今日は定時で上がらせてもらっていいですか」

その言葉に先輩は首を横に動かした。

「課長への報告が終わったらすぐに上がれ。どうせずっと来てなかったんだ。今日からでも明日からでも変わらない」
「ありがとうございます」
「付き合ってないんじゃなかったか?」

課長の席へ向かおうとする降谷の背に、先輩の呆れた声が飛ばされた。

「付き合ってませんよ。でも、バディです」
「それだけか?」
「それだけだと思いますか?」

後日「あれは壮絶だった」と称された微笑みを浮かべると、降谷は今度こそ踵を返した。



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