Dream


≫Info ≫Dream-F ≫Dream-A ≫Memo ≫Clap ≫Top

Episode0.7310. 04



スウェットの下だけを履いた状態の降谷が風呂から出ると、苗字はちょうどノートパソコンを閉じたところだった。

「名前、ボディソープがなくなったから詰め替えておいたよ」
「あー忘れた。ありがとう」

おかしなことだがここは苗字の家だ。降谷がボディソープのストックがある場所を把握済であることに疑問を抱く段階はとっくに過ぎ、今では勝手に棚を開けても咎められることもない。降谷にとって苗字の家の生活に踏み込むことはもはや自然になっていたし、それは苗字も同じだった。

「コーヒー淹れようか」
「夜なんだけど」
「寝るつもりなのか?」
「寝るよ!?」
「僕は寝かせる予定はないぞ。朝まで名前を抱くつもりで来た」

降谷の直球すぎる言葉に苗字の頬が赤くなる。仕事では絶対に見せない顔だ。手を添えて親指で頬を撫でると上目遣いで睨まれた。しかし頬の染まった朱色はそのままだ。眉は八の字に下がっているし、尖らせた唇もキスを誘っているようにしか見えない。

「……朝までで終わるかな」

降谷の呟きは苗字の怒りの琴線に触れたようで柳眉を逆立てている。前回もその前も、最後には彼女を気絶させるまで行為を続けたのだからこの反応は正しい。しかし言い訳をさせてもらえるのなら、毎日会って毎日抱きたいのを抑えている反動なのだ。次いつ抱けるかわからないと思うと、とことん抱き潰したくなってしまう。

「怒っても抱くぞ」

開き直って告げると、今度は口を尖らせたまま困ったように眉が下がる。

「知ってる。するのがダメってことじゃなくて…限度ってものがあるでしょ」
「そこで自制できるようならもうしてる」

こんな曖昧な関係を続けているなんて数年前の自分が知ったらどうするだろう。
気持ちを言葉で伝えるでもない。付き合っているわけでもない。ただ時折会っては身体を重ねる関係。彼女が受け入れてくれるのをいいことにダラダラと続くこの関係。良しとしているわけではない。しかしもう彼女なしではいられない自分も自覚していた。

「名前。目、閉じて」
「そんなこと言って自分は閉じないくせに」
「名前が感じる顔を見ていたい」
「またそんなこと……ん…」

唇を重ねて舌を差し込めば少しくぐもった声が漏れる。それだけで背筋かゾクゾクするような感覚に襲われる。
胸のつかえは消えない。それでもまた今日も甘い時間に溺れていった。


■ ■ ■


苗字から予想外のことを聞かされたのはその翌朝ことだった。

「何だって?」
「だから、また潜ることになったの」

髪を器用に結い上げながら世間話のように言われ、一瞬その重要性を理解し損ねるところだった。

「そんなに驚くこと?」
「僕のバディをしているうちは潜入捜査をすることはないと思ってた」

降谷はワイシャツの袖ボタンから手を離す。
右を向いたり左を向いたりと、髪型のチェックを終えた苗字はこちらを振り返るとクスクスと笑った。降谷の首にぶら下がったままのネクタイに手を伸ばしてキュッと結ぶ。「上出来」と得意げだ。

「また待田ケイとして潜るのか?」
「もちろんよ」

当然だと頷いた。職務である以上彼女に拒否権がないこともわかっている。信頼して送り出すしかない。頭では理解しているのに降谷の中にジワジワと言いようない不安が滲み出る。しかし言葉に詰まった降谷の様子に、苗字は別のことを考えたようだった。

「私が不満だったら他の人にバディをしてもらっても…」
「僕のバディを君以外に頼むつもりはない」

語気が強くなってしまったが訂正することはない。局長からバディの話を初めて聞いた時から降谷の頭の中には一人しかないのだから。
降谷の勢いに押されたのか苗字は絞り出すように話し出した。

「実は、もう降谷にバディは必要ないかもって思ってたの。潜入捜査との両立もできてるし、フォローしてくれる部下もできたし」
「それでも僕を1番理解しているのは苗字だ。いざという時の判断は苗字に任せたい」

本来ならその役目を部下に任せられるようにするのも降谷の仕事だ。放棄する気はない。だが苗字なら絶対に自分と同じ判断をしてくれる確信がある。部下の力をどれだけ信じていてもこの確信は持てないと断言できる。

「上が何と言っても僕は君を手離すつもりはないからな。僕には苗字が必要だ」

バディとして苗字が代わりに指揮を執るたびに降谷を理解してくれていると実感できる。独占欲が満たされ、優越感すら感じると言ったら彼女は失望するだろうか。
こんなエゴまみれの男に苗字は抱かれているのだ。

「安心して。私はまだ降谷のバディでいるつもりだから。今度の会社は割と自由がきくから、潜入捜査中でもバディの役目はきちんと果たすわよ」

少し早口になったのは照れ隠しか。赤い頬を隠すように後ろを向いてしまった苗字のうなじが目に入る。

(あ……)

そして気付いた。

「名前、ごめん」

突然の謝罪に怪訝な顔で苗字が振り返る。

「自分じゃ見えないと思うけど……ここ」

降谷は自分の首の裏側をトンと指で叩く。一瞬きょとんとした苗字だったが、ハッと気付いてもう1枚鏡を取り出した。合わせ鏡で自分の首を映してそれを確認する。

「何でこんな見えるところにつけたの!?」

苗字の細い首にくっきりと残った降谷の主張。大人が見ればキスマークであることは一目瞭然だ。綺麗にアップされた髪を解きながら怒っている苗字にはただ謝るしかない。

「あの時かな…?ほら、名前が2回目にイッた時に…」
「そういう解説いらないから!!」
「あれ?後背位って3回目だったっけ?」
「4回目!!」

妙なところで律儀だ。
どうやら髪型は変更されるようで、文句を言いながらもまた器用に髪をアレンジしている。そして時々、後ろでそれを眺めて微笑む降谷をチラリと見えては恥ずかしそうに目をそらす。

(数える余裕があるならもう少し手加減を緩めてもいいかな)

すっかり次の夜のことに脳内を上書きされてしまった降谷が、彼女の潜入捜査への不安を思い出すのはかなり先になってからだった。



×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -