Dream


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Episode0.5. 07



「バレました」

局長へのアポを取り、時間通りに大きな執務室へ入るなり苗字は挨拶もせずに告げた。あり得ない上官への態度にも男は微動だにしなかった。

「降谷に脅しをかけたって聞きましたけど?」
「あれから4日か…予想よりも早かったな。探偵にでもなるか?降谷」
「探偵ですか……いいですね」
「話をそらさないでください。おじさん!」

これにはさすがの降谷も血の気が引いた。
彼女と局長が裏で繋がっていることは明らかだ。局長が彼女の過去を知らないはずがないし、降谷に釘を刺してきた。だが“おじさん”とはどういうことか。唖然としている降谷にクツクツと局長が肩を揺らす。それを見た降谷はさらに驚愕する。局長が笑っている。どんな難しい局面に陥っても顔色どころか表情筋一つ動かすところを見たことがない彼が。

「その様子では俺のことは話していないようだが」
「……言ってないですね」

まだ言っていないことがあったのかと目線で不満を示すと、頬を掻いた苗字がポツポツと話し始めた。
彼女の父親と局長がゼロの同期だったこと。子供の頃に何度か会ったこと。そして彼女に苗字名前の名前を捨てさせたのが彼であること。

「そんなに睨んでくれるな」
「睨んでません」
「そうか」

降谷の不穏な視線に局長が肩を竦める。
最初は苗字の話に静かに耳を傾けていた降谷だったが、彼女が自分を警察庁へ入れるよう交渉した経緯を聞いた時には思わず叫んでしまった。

「それこそ脅しじゃないか!」
「降谷もそう思うか?美人に睨まれると迫力が違うんだ」

局長がいたずらっぽく笑う。その顔を見るたびに降谷の頭は混乱してしまう。目の前のこの男は本当に自分の知る警備局長と同一人物なのだろうか。
白い歯を見せる局長の横では、苗字が諦めろと言うように首を横に振っている。

「ふんぞり返るフリが特技なんですって」
「便利だぞ。これで出世できた」

冗談めかしているが、彼の能力は警察庁の人間皆が知っている。現場を理解して尊重する一方で彼は政治的なバランス感覚にも優れている。綺麗事だけでは生き残れない上層部で飛ばされることなく警備局長の椅子に座り続けている。
だから尚更、当時大学生だった苗字の提案を受け入れたことが理解し難い。いくら彼女が強い言葉を使ったところで相手は元ゼロの警察庁幹部だ。何が彼を動かしたのだろうか。

「それで、ここへ来たのはバレたという報告だけか?」

局長の言葉で我に返る。

「いいえ。バディの件のご報告です。彼女に…苗字名前に決めました」

降谷の言葉に局長がニヤリと口角を上げた。
やはり、と予想していたことに降谷は溜め息をついた。心の中だけで。

「え?何?バディって何のこと?」

状況を理解していない苗字は怪訝な顔で降谷を見上げる。

「その様子ではバディのことは話していないようだが」
「……言ってないですね」

胸倉を掴み上げそうな勢いの苗字を落ち着かせ、潜入捜査に着くことを改めて説明する。公安の仕事が減るわけではないこと、しかし潜入中の降谷の代わりに誰かが代行する必要があることを話していくと、綺麗な顔が徐々に顰められていった。
そしてその矛先は降谷から悠然と座っている強面の男に変わった。

「そんなに睨んでくれるな」
「睨んでません」
「そうか」

美人に睨まれると迫力が違うと言ったのは誰だったか。動じていないどころか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
苗字は苗字で幾つも階級が上の男に厳しい視線を送り続けながら口を開く。

「全部計算なのでしょう?私を組織の潜入捜査よりも前に別の場所へ潜入させたことも、降谷にバディを組ませて私を選ばせることも」
「降谷が君の過去を紐解いたのは計算外だったよ」

局長の目論見はこうだ。
まずは組織への潜入捜査が本格的に動き出すより先に、他の案件で苗字を潜入捜査へ投入する。潜入捜査は精神的負荷が高い。そう何度も連続させられるものではない。これで組織の潜入捜査の候補から苗字は自動的に外れることになる。
それだけではない。局長はもう一手を打った。それが降谷のバディだ。
組織に潜入する降谷のバディになる。その役目は降谷が組織のメンバーとして動いている間の公安案件の処理だ。つまり苗字は組織が動く時、必ず別の場所へ行っていることになる。

「そんなに私を組織への潜入捜査から外したかったんですか?」
「どちらの姿で潜る気だ?」
「それは……」
「そのメイクだけで素顔をごまかしきれるか?あの組織の中で何年間も」
「難しいでしょうね」
「君はよく似ているからな」

苗字は小さく「そうですか」と呟いた。誰に、と聞き返すことはなかった。
彼女の父親が組織の潜入捜査官だった事実は今もなお機密事項だ。事情を公にしないまま彼女が組織へ潜るリスクを回避するため、局長は自然とその候補から外れるよう計画した。いつから考えていたのか。今日に至るまで苗字本人ですら気付かず誘導されてきたのだ。

「バディの件は俺から課長にも言っておく。細かい取り決めは課長を交えて行ってくれ」
「承知しました」
「降谷が私を選ばなかったらどうしてたんですか?」

苗字は局長を揶揄う口調で尋ねた。

「そう難しいことじゃない。なぁ降谷?」

降谷は記憶を辿る。バディの話をする直前、局長は苗字の名前を出した。そして最後にこう言った。

『お前が1番信頼できる人間でないと意味がない』

あの時点で降谷が1番信頼していたのが誰か。おそらく報告書の類を全て調べた上での発言だ。
完全に仕組まれていたのだ。

「……報告することは以上ですので。失礼させていただきます」

掌の上で転がされて悔しくないはずがない。しかし苗字とは違い、降谷は局長に文句をぶつけることはできない。仕方くなく一礼してドアへ向かった。

「降谷」

これ以上何かあるのかと身構えたが、局長はフッと表情を和らげた。

「必要なのは死ぬ覚悟じゃない。奴らを追い詰めるという執念だ」
「執念、ですか」
「どんな方法を使っても目的を達しようとする執念だよ。それは時に覚悟よりもずっと強い」
「局長は持っているんですか?」
「俺じゃないが、それを持った人間を知っている」

フッと笑った局長の瞳が降谷の隣に向けられた。
いまだ機嫌を直さない同僚に、降谷もまた目を細めた。



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