Dream


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Episode0.5. 04



応接用ソファに足を組んで座った局長は、強張った顔で立つ降谷を見上げている。

「警察庁のデータベースにアクセスしたな?」
「はい」

同僚のデータベースを閲覧した。それだけで局長から呼び出しをされる理由にはなりえない。

「不思議に思うだろうな。だがな、ある種のデータはアクセスされた時点で俺に報告が上がるようになっている」

その一つが苗字名前の個人情報ということか。しかしなぜ彼女の情報が機密事項と同等の扱いなのか。
じっと見つめてくる局長は降谷が尋ねたいことをわかっている。だが言わない。ということは期待した答えは戻ってこないということだ。

「バディを決めるための情報の1つとして閲覧した…という言い分はどうでしょうか」
「あまり上手くはないな。お前は学歴に左右される人間じゃない。上辺のデータベースを見て得られる情報にそれほど価値は見出さないだろう」

その通りだ。カフェでの出来事がなければ彼女の経歴など調べようとも思わなかった。目の前にいる彼女だけで十分だったのだ。

「それで、何がわかった?」
「…………苗字名前は存在しない人間でした」

人間は生きていればどこかに足跡を残す。
仕事や学校に行く。働けば給与が口座へ振り込まれる。そして病院にも通う。
警察庁のキャリア組として入庁できる大学の卒業生は全て洗った。
銀行の顧客リストにも侵入した。
病院のセキュリティは高いが、主治医さえわかればすぐに調べがついた。彼女は腕の怪我で通院中だ。それほど難しいことではなかった。

「学校、銀行、病院。どこにも苗字名前はいませんでした」
「ほう。1日で調べたにしては上出来だ」
「実は戸籍も確認しました」
「それでも苗字の名はなかっただろう」

降谷は返答をしないことで肯定を示した。
彼女の痕跡を見つけることができず、とうとう生存の証明まで辿り着いた。だが探せども探せども求める名前は出てこない。そして見つからない苗字名前の代わりに出てきたのが待田ケイだった。
降谷は待田ケイを認めるしかなかった。
そして苗字名前の不在についても。

「苗字名前は存在しない。それがわかってお前はどうする?」

力の限り調べきったことは受け入れるしかない。
だが存在しないのであれば自分が触れた彼女は誰だ。あの微笑みを向けてくれたのは誰だ。苗字名前だと名乗って握手をしたのは誰だと言うのだ。

「これから考えます。まだ不確定な要素はたくさんありますし。でも1つだけはっきりしていることがあります」

自分が生まれた頃にはすでに社会の闇と戦っていた男は威圧的な態度を隠しもしない。気を抜くとへたり込みそうなほどのそれを降谷は真っ直ぐ受け止めた。

「僕は彼女を諦めません」


■ ■ ■


降谷が苗字の家を訪ねたのは、局長に呼び出されてから3日が経ってからだった。
今から行くという連絡に苗字はOKとだけ書かれた返答を寄越した。

「今日は片付いてるんだな」

これほど綺麗に整えられている部屋は初めて見た。服も本も散らかっていない。アクセサリーが落ちていることもない。
降谷が感心して部屋を見回す。
それほど意外なことでもない。警備企画課のデスクは整然としているのだから、本来片付けができないタイプではない。

「そろそろ降谷が来るんじゃないかと思ったから片付けたのよ」
「できるなら日頃からしたらどうだ?」
「小言を言うために来たの?」

苗字が怪我をして数ヶ月。苗字の腕にはもう白い包帯はなくなっていた。しかしまだ完治はしておらず定期的にリハビリに通っている。
最初の頃はまた来たのかと呆れていた苗字もいつしか笑って出迎えるようになった。散らかった部屋を片付け、時には洗濯までした。一緒に料理をして向かい合って食べた。もちろん怪我をした彼女の日常生活を助けたいという気持ちに変わりはない。しかし降谷がここへ来ることは2人にとっての日常になりつつあった。

(でも……今日は違う)

日常を過ごすために来たのではない。
彼女の静かな視線を背中に感じる。本棚の並んだ背表紙を順に追いながら降谷は肩を竦めた。

「君の方こそ僕に何か言うことはないか?」
「この前は助けてくれてありがとう」

カフェで苗字の携帯に電話をかけたことだろう。橋本との会話の雲行きが険しくなってきたので出した助け船。あれがきっかけで苗字は店を出ることができたのだから役に立ったのだろう。素直に感謝は受け取ることにした。

「どういたしまして」
「降谷こそ私に聞きたいことがあるんじゃないの?それとももう調べた?」

振り返ると苗字は真っ直ぐに降谷を見つめていた。降谷の奥まで射抜く、決して曲がることのない意志の強い瞳。

「調べたよ。だから来た」

今彼女の胸の中に燻るのは怖れか、怒りか。読み取るには彼女の心は深すぎた。

「まだ…全てがわかったわけじゃない。でも僕なりに推理してみた。だから……」

降谷は本棚からある1冊を抜き出した。そしてパラパラとページをめくっていき、四つ折りに畳まれた紙を見つけた。それを広げる間も苗字は微動だにしなかった。

「だから、答え合わせをしようか」



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