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Episode0.5. 03



カフェを出た降谷は警察庁へ向かい、課長へ定期連絡の報告を入れた。そして自席につくとPCを立ち上げて大きく深呼吸をする。強い光を青の瞳に灯しながらそのページを開いた。


警備局警備企画課 苗字名前


警察庁のデータベースには当然ながら名前が載っていた。だが確認できるのは現在の所属のみで、それ以上の個人情報の閲覧はできなかった。

(やっぱり無理か)

警察庁の人間……とりわけゼロのメンバーの秘匿性は高い。庁内の人間でも調べることは容易ではない。
だから降谷はもう1つの方法から攻めることにした。

(東都銀行米花公園支店・営業部勤務。出身は……関西か)

カフェで苗字に話しかけて来た男は橋本と言った。彼は勤務先をペラペラと喋っていたので辿るのは訳ないことだった。銀行のセキュリティは厳しいが警察庁ほどではない。
降谷はPCに表示された情報を目で追う。
橋本は関西の国立大学の出身だった。2人とも標準語で会話をしていたので関西とは意外だった。だが同時に納得もした。苗字は東都で知人に声を掛けられることを想定していなかったのだ。だから彼女には珍しく動揺を見せた。
降谷は次に大学の卒業生データに潜った。橋本がこの大学に在籍し卒業したデータはすぐに出てきた。続けて目的の人物を探す。

(……どういうことだ?)

混乱する頭を無視して、降谷はキーボードを叩き続けた。

(いや…まさかそんなことが…しかし……)

卒業生に“苗字名前”の名前はなかった。
念のため中退者のリストも調べたが苗字の文字はどこにもなかった。
身体から嫌な汗が滲み出てくる。ドクドクと脈拍が速くなっていく。

(落ち着け。いつも通りに情報を整理するんだ)

降谷は顎に手を添えて自分に言い聞かせる。そして前に資料室で苗字と謎解きをした時のことを思い出した。

『まずは確定している事実を抜き出すわね』

不思議だ。降谷の中に渦巻く疑念の発端は彼女だ。それにもかかわらず彼女の言葉が降谷を冷静にさせる。

(今ある情報の中で確定している事実は……)

2人は同じ大学に在籍していた。
苗字は橋本と同じ大学に在籍した記録がない。
この2つの事実は確定している事実だ。しかし矛盾している。
何かが間違っている。だから辻褄が合わない。

(橋本は彼女を“待田”と呼んだ。だから彼と同じ大学にいたのは苗字ではなくて“待田”だ)

降谷の指が高速で動き出す。再び開いた卒業生リストの中から待田ケイの名前を探す。そしてそれは程なく現れた。

(待田ケイ。法学部卒業)

確かに待田ケイは橋本と同じ大学に在籍していた。矛盾していた2つの情報がこれで確定した事実へと変化した。

『次は事件の中で不確定になっている要素を抜き出す』

不確定の要素は“待田ケイ”の存在だ。
降谷はそのまま待田ケイを調べた。履歴に書かれていた高校に在籍していたデータも、健康保険の記録も難なく手に入れることができた。
待田ケイは実在する人間だとデータが告げている。

(待田ケイは存在する。不確定の要素ではない。それならば不確定なのは“苗字名前”ということになるが……)

苗字名前は降谷の同期で、データの中の“待田ケイ”よりも確実に存在する人間だ。不確定であるはずがないのだ。
しかし降谷は“待田ケイ”としての彼女も知っていた。苗字が潜入捜査で“待田ケイ”を名乗っていることもまた確定した事実なのだ。

(まだだ。まだできることがある)

苗字名前の存在を確かめるため、降谷は再び情報の海に潜っていった。


■ ■ ■


降谷は徹夜明けの身体にカフェインを注入すべく、自席で苦いコーヒーを飲んでいた。
あれから苗字名前と待田ケイについて丸1日調べ続けた。そしてその全てが同じ結論に行き着いたということは、すなわちそういうことなのだ。
降谷は大きく息を吐いて俯いた。徹夜のせいだけではない。目の前が真っ暗になりそうになる。

「降谷…!降谷!」

ハッと顔を上げると、先輩が慌てた様子で入口と降谷を交互に見ている。つられて入口へ目線を向けると、大柄の男が壁にもたれて降谷を見ていた。

「局長……」

白髪の男は降谷と目線が合うなり、人差し指をクイと曲げる。それが「来い」という意味だと瞬時に理解し、降谷は席を立つ。
男は廊下に出るとそのまま歩き出した。すれ違う人間が次々と頭を下げていく。局長はそれを気に掛ける様子もなく足を進める。
一歩下がった位置から降谷は大きな背中を追う。潜入捜査のことか。バディのことか。それとも何か別の…と呼び出された意図を探っていると「どうだ」という声に足が止まる。
降谷を振り返った局長は表情も声音も変えずに言い放った。

「苗字のことは何かわかったか?」

思考が全て停止し、全身の温度が下がっていく。一気に口の中が渇いていく感覚。

(知っている……)

昨日だ。降谷が彼女のことを調べだして1日しか経っていない。しかしすでに男は降谷の動きを把握している。
なぜ。どうして。いつから。疑問が次々と浮かんでくる。
それでも表面は狼狽することなく「何ことでしょうか」と笑った。

「新人としては及第点というところか。だがまだ甘い。この場合は少し困った顔をした方が自然だ。覚えておけ」

いつの間にか局長室の前に来ていた。返答ができない降谷に局長は目線で入れと促した。
背後で閉まった扉が何かの宣告のように降谷に重く響いた。



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