Dream


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Episode0.5. 01



降谷が潜入することになった組織の資料は公安の中でも機密中の機密だった。ごくわずかな人間しかアクセスできないその情報を読み進めていく。
中でも降谷が1番興味を惹かれたのは、以前組織に潜入していた捜査官が残した報告書だった。
組織に入った初期のものから順を追って読んでいく。捜査官の任務は組織の真の目的だった。世界的規模の犯罪組織にもかかわらず尻尾を掴ませず、それでいて犯罪の種類は多岐に渡った。一体何を目的に動いている組織なのか。調べれば調べるほどに謎は深まっていく。
捜査官は地道に構成員として任務をこなしていった。報告書からは徐々に組織内部へ進んで行く様子が手に取るように分かった。数年後、その捜査官はコードネームを与えられた。組織の幹部クラスが名乗ることを許される酒の名だ。コードネームを名乗り始めた捜査官は更に上層部へ行くためより危険な任務に着くこともあった。
様子が変わったのは順調に見えたその数年後、今から11年程前のことだった。

『NOCの疑いが掛けられている』

NOC。Non official cover。スパイを意味する言葉だ。
捜査官は知りうる情報を全て書き残していた。そしてその報告書を最後に記録は途絶えた。
報告書を見るだけで捜査官が非常に優秀な人間だったことがわかる。1つの任務から10も100も情報を引き出していた。組織の任務の中には、当然警察官として眉を顰めるものもあった。報告書は淡々とまとめられていたが、そこに葛藤がなかったはずはない。それでも自分に課せられたもののため全力を尽くしていた。
彼の身に何が起こったのか。考えると目の前が暗くなる。

(……あれ?)

もう一度報告書を頭からさらってみるが、探しているものが見当たらない。

(名前がない)

報告書の内容から男性であることと、だいたいの年齢は割り出せる。しかし肝心の報告書を書いた者の名前がない。

(消されている)

報告書に名前がないはずはない。ならば意図的に削除されたのだ。最深部の情報だと思ったはずが、まだその先にも触れられない闇がある。圧し掛かる大きなプレッシャーに足が竦みそうだ。
降谷は呼べない彼の名の代わりに、ディスプレイに書かれた酒の名前を指でなぞった。


■ ■ ■


降谷が訪れた苗字の部屋は通常通りだった。つまり盛大に散らかっていた。

「どうして君は毎回毎回グチャグチャにするんだ!?」

今朝起きて放置されたベッドの上から服を回収して洗濯機へ投げ入れた。洗い分けは後回しだ。丸まったままの布団を整えるようとすると、パサリと何かが落ちて来た。何だろうと視線を落とすと、綺麗なレースをあしらったブラジャーが転がっていた。
どうしたものかと立ち尽くす降谷の後ろから苗字がひょっこりと顔を出す。

「あー…今朝どっちにするか悩んで置きっぱなしだった」
「そういう情報はいらないな」

苗字は慌てることもなくブラジャーを回収していった。
改めて布団を整えている降谷の背中に「お風呂行ってくる」と声が掛かる。

「……どうぞ」

時折、自分は異性として見られていないのではないかと疑うことがある。
最初から割と簡単に部屋に入ることを許され、しかもその部屋が大層散らかっている。あまつさえ片づけをさせられる。これが一度や二度ではないのだから、彼女にとって降谷は意識すべき異性ではなく、気を許した仲間なのだろう。
今日も下着を見られても動じないどころか、降谷がいるにもかかわらず風呂に入る。
自慢ではないがそれなりに女性には好意的に見られてきた。しかし苗字はその誰とも違う反応だ。

(別に意識されていなくても問題はないんだが……)

降谷にとっても苗字は気の許せる同僚であることに間違いはない。だがどうにも納得できない。
モヤモヤする気持ちを払拭しようと床に散らばった本をまとめて本棚へ突っ込んだ。するとふと棚の隅に並べられたものが視界に入る。
同じ色の背表紙が数冊きっちりと収められていた。
何だろうと考えていると、寝室の扉がバタンと開く。

「降谷!」
「なっ…………!?」

風呂に行ったのではないのかと振り返ると、なぜかキャミソール1枚の苗字がそこにいた。
絶句する降谷を無視して、苗字は一気に距離を縮める。

「さっきの!」
「は?」
「さっきの!見なかったことにしてくれる!?」

必死の形相で詰め寄って来る苗字に思わず後退りする。
さっきのとは何だ?と尋ねようとして、それがあの綺麗なブラジャーであることに思い至る。

「……もしかして、恥ずかしい?」
「当たり前でしょう!!」

キャミソール1枚でいることに気付かないくらいに、下着を見られたことが恥ずかしかったらしい。それを証明するように、苗字の耳は赤く染まっていた。

「ははっ。そうか。恥ずかしいか」

先程までのモヤモヤした気分はどこかへ行ってしまった。その代わりにどこかくすぐったいような、でもフワフワした不思議な感覚が生まれてきた。
思わず笑えば、柳眉を逆立てて降谷を睨みつけた。

「見なかったことにしてやるよ」
「ホント?」
「本当だ」

真面目な顔で頷いてやるとホッとしたように息を吐く。そして「今度こそお風呂行ってくる」と踵を返した。茶色の巻き髪が揺れながら遠ざかる。
しばらくするとシャワーが流れる音が聞こえて来た。

「……やっぱりデカイな」

不可抗力でキャミソールから見えてしまった谷間は、それから当分降谷を苦しめることになった。



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