Dream


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Episode0.5. 00



「降谷、局長室へ行け」

課長からそう告げられた3分後、降谷は局長室で厳つい顔の男と向き合っていた。
男は警察庁警備局の局長。昔は警備企画課のゼロに所属していたと聞く。白髪が多い頭に堂々たる体躯。いかにも警察官といった風貌だ。その視線だけで震えてもおかしくない程の威圧感。デスク越しに降谷はその視線を真正面から受ける。

「なるほど。気骨はあるようだな」

腹に響く低い声だ。
広い部屋に2人きり。静かな空間に自分の心臓の音が耳元で聞こえる錯覚に陥る。

「どうしてここに呼ばれたのかわかるか?」
「潜入捜査、でしょうか」

緊張から声が揺れた。ほんの小さな変化でも気付くはずの男は敢えて何も言わず、ただ頷いた。

「潜入先についてはこの後資料を渡す。お前の同期も潜入捜査中だが、あれとは危険の度合いが桁違いだ」

苗字の任務はある企業から機密情報を手に入れることだ。確実かつ決定打になるものが手に入れば、彼女の仕事は終わりだ。その後は辞職を願い出て姿を消す。あくまで情報だけが目的なのだ。
しかし局長が降谷へ命じようとしている潜入捜査はその類ではない。自ずとその内容は察せられた。

「犯罪組織への潜入ですね」
「本当に頭の回転が速いな」

局長の言葉は抑揚を感じられず、褒められているのかも定かではない。どう反応したものかと迷っている降谷を一瞥して元ゼロの男は続けた。

「あらゆる機関が追う闇の組織だ。その組織に引導を渡すのがお前の任務だ」

犯罪組織の壊滅。そのための潜入捜査。1年や2年ではない時間を要するだろうことは容易に想像できた。
そして苗字のような企業の裏情報を得るための捜査とは決定的に違うことがある。
降谷は己の手のひらを見つめた。

(つまり、そういうことだ)

降谷はこの手を汚すことになる。
警察官として人々を守るために伸ばそうとしていた手を。
犯罪組織に潜入する。それは法を犯すことと同義であり、幾つもの罪を背負うことになる。避けて通ることはできない。躊躇うことも許されない。疑いは死に直結するのだから。

「まだ若いお前に重荷であることは百も承知だ」

抹消する情報は少ない方がいい。警察官としての経歴が少ないからこそ任されたことは理解していた。だが同時に疑問も浮かぶ。

「なぜ、僕なのでしょうか?」
「苗字の方が適任か?」

胸の内を言い当てられて言葉に詰まる。
実際彼女はここまで十分すぎるほどの成果を上げている。当初の予定よりも早く潜入捜査を終えられる可能性も高い。

「お前がそこまで彼女の能力を買っているとは驚きだな。だが彼女はすでに別件で着任中だからな」

局長はそれが至極当然のことのように静かに答えた。
しかし本当にそうだろうか。
上は苗字の潜入捜査官としての能力をある程度把握していたように見える。
確かにあの企業へ潜入条件に彼女は一致していた。だが彼女が潜る前にこちらの潜入捜査の話は出ていたはずだ。この大きな案件を差し置いてまで優先する任務だったのだろうか。彼女の能力を評価していたのであれば、元よりこちらへ配置することはできたのではないか。

「お前がどう勘繰ろうが拒否権はない。3ヶ月後には潜ってもらう」

降谷の疑念をぶつけることは叶わない。できることは命じられたことを承服することだけだ。

「……拝命致します」
「わかっているとは思うが、長い戦いになる。お前には常に平行して公安の仕事をしてもらうことになるぞ」

毎日潜入先に行く苗字とは違い、降谷の場合には必要な時に組織の人間となって動く。それ以外はこれまで通り公安警察として働く。
降谷が今抱えている案件はそのまま継続、これから回す予定だった案件も変更はないと局長は言った。そこに潜入捜査が加わるということは、単純に2人分働くことにならないだろうか。
降谷の不安を見越したように局長が口を開いた。

「お前1人に全て押し付けることはしない。組織の仕事をしている間、公安の仕事が止まっても困るからな」
「確かにそうですね」
「だからバディを組め」
「バディ……ですか」

過去に見た幾つかの刑事ドラマが頭を過った。しかしあれは2人同時に動くことで不正の抑止になったり、単独行動による暴走を止める役割をしたりするものではなかったか。

「組織の仕事をする時にはバディの人間に公安としての全権を委任することにする」
「全権、ですか」
「そうだ。中途半端に指示されても現場は混乱する。お前も組織の人間として動いている最中に警察の人間と連絡を取るのはハイリスクだ。第一連絡を取れる状況とも限らない」

局長の言う通りだった。警備企画課は全国にいる公安警察を動かす。遠くない未来、降谷は指示をする立場になるのだ。だが組織は降谷の都合など考慮しない。いざという時に降谷の代わりをするバディは確かに必要だ。

「バディは僕が選んでも宜しいでしょうか」
「無論だ。お前が1番信頼できる人間でないと意味がない」

1番信頼できる人間。降谷の意図を正確に読み取り実行できる誰か。
降谷の心は決まっていた。



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