Dream


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Episode0. 10



「だからどうしてこうなる?」

部屋に入った降谷は呆然と呟いた。
後ろで言い訳できずに小さくなっている気配はするが、生憎可愛いなどとは思えない。

「また脱ぎ散らかしてるじゃないか!」

ベッドに置かれたままのスカートを回収し、トップス類はタグを確認して洗濯機へ放り込む。

「本も読んだら棚に戻せ」

せっせと床やテーブルの本を集めて本棚へ並べる。
初めて苗字の家に足を踏み入れて数週間。降谷は数日おきにここへ訪れるようになった。そしてその度に部屋を片付けている。
服やバッグはクローゼットへ。踏みそうになったイヤリングをジュエリーボックスに。転がっているネイルポリッシュをどこにしまえばいいかまでわかるようになった。
本来あるべき場所へ戻しているだけだ。なのにどうして毎度ここまで散らかるのか不思議でならない。小言の一つも漏らしたくなるというものだ。

「来るなら前もって言ってほしいんだけど」
「連絡入れただろ?」
「来る15分前じゃん!」
「直前じゃないとわからないじゃないか」

いつ召集がかかるかわらない仕事だ。警察庁を出ようとした途端、呼び止められることもあるのだ。苗字も同じ立場だ。当然わかっているはずだが納得はしていない。まだぶつぶつ言いながら郵便物を片付けている。その腕を見て降谷は先日の会話を思い出す。
苗字の腕は順調過ぎるほどに回復しているらしい。この分だと予定より早くギプスが取れるかもしれないと教えてくれた。

「だいたい何でまだスーツなんだ?」

もう時刻は20時を過ぎているが、苗字はグレーのスーツのジャケットを脱いだ状態のままだ。

「残業よ。残業」
「勤労精神に溢れてるな。待田ケイさんは」

苗字の潜入先での名前は待田ケイと言う。
待田ケイは事故に巻き込まれて腕を怪我したことになっていた。もっと休んでいいと言われながらも出社して仕事を続けた彼女は上司から厚い信頼を得られたらしい。まさに怪我の功名だ。そこから捜査は大きく進展した。
最近では降谷も時々定期連絡を任されることが増えた。彼女の潜入捜査の進展を聞くたびに、負けてはいられないと自分を鼓舞した。

「部屋の片付けにもその優秀さを発揮して欲しいものだけどな」
「予定なお世話。私着替えて来るから!」

バタンと寝室のドアが閉まる。
この一枚を隔てて苗字が着替えをしている。その事実に降谷が考えることは一つだった。

「脱いだスカートはハンガーに掛けてくれよ…」


■ ■ ■


降谷がキッチンで夕食の準備をしているとカタンと寝室のドアが開く。苗字が着替え終えたようだ。

「今日はカレーだね」

鼻をスンスンとしながら降谷の手元を覗き込んできた。腕まくりをした素肌に彼女の髪がさらりと触れる。自分の物とは違う柔らかい感触に鍋をかき混ぜる手が止まる。

「何か色々入ってる?」

苗字が上目遣いで尋ねてくる。

「あー…えーと…野菜をすりおろしてる」
「料理初心者なのに手の込んだカレーね」
「腕が動かせない苗字の代わりに作るんだから、片手じゃできないレシピにしろって幼馴染が…」

あれから気を利かせた諸伏は何度かレシピをメールしてくるようになった。初めての人間でもわかる丁寧な説明付きだ。それでもわからないことは電話で教えてもらった。電話越しでも伝わる諸伏の興奮具合を思い出し、降谷の口元が自然と緩む。

「随分親切な幼馴染さんね」

振り向いた時には苗字はすでに背を向けていた。食器棚からカレー用の皿を取り出している。先程の言葉にどこか違和感を覚えたが具体的に言い表すことができない降谷は、差し出してきた皿を黙って受け取った。

「苗字は幼馴染とかいないのか?」
「中学に上がる前に引っ越しちゃったから。引っ越す前の友達とは会ってないわね」
「それじゃあ僕らとは逆だな。ヒロが引っ越してきてからの付き合いだから」

皿にカレーを盛りながら降谷がクスクスと笑い出す。

「子供の頃は2人でイタズラして怒られたり…懐かしいなぁ」

降谷から皿を受け取った苗字は若干顔を顰める。

「女の子をイタズラに巻き込んじゃダメじゃない」

苗字はテーブルへ皿を並べている。それを眺めながら首を傾げている降谷に気付いた苗字は訝しげな表情を浮かべた。

「確認したいんだが…。女の子って誰が?」
「え?料理を教えてくれる幼馴染でしょ?」
「ヒロは男だけど」
「「…………」」

2人が無言で見つめ合うこと十数秒。

「男なの?」
「男だぞ」

再び流れた無言の時間も十数秒。
先に口を開いたのは苗字だった。

「料理、とても美味しいって御礼を言っておいて」
「作ったのは僕だけどな」
「そうね。ありがとう」

どうやら苗字がおかしな勘違いをしていたことは理解した。
まさか料理が女性だけの特技だとは思っていないだろうが、わざわざ教えを乞う相手として男を選ぶのは珍しい。その上諸伏が提案してきたレシピは女性受けがよく、苗字の怪我を考慮した気遣いの見えるメニューばかりだった。彼女が勘違いをしても仕方ないと言えた。

「何かリクエストしてみるか?」

口を真横に結んでむくれていた苗字のご機嫌を取りたくて勝手に提案してしまった。諸伏には後で謝っておこう。

「でも作るのは降谷でしょう?」
「文句はカレーを食べてからにしてもらおうか?」

ニヤリと笑って椅子を引くと、苗字は素直にそこへ座る。
綺麗に料理が並べられたテーブルに2人が向かう。こうして揃って食事をするのは何度目だろうか。

「「いただきます」」

ぴったりと重なった声。
手を合わせた苗字が降谷の視線に気付き、ふわりと笑った。



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