Dream


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Episode0. 09



久しぶりに会った友人は快く部屋に招き入れてくれた。よく整頓された部屋は、誰かのところとは大違いだ。

「で、どういう風の吹きまわしなんだ?零(ゼロ)」

ワクワクした気持ちを隠し切れない顔で迫って来る幼馴染に思わず後退りする。
諸伏景光。警察学校の同期。そして幼馴染。警察庁の公安に配属された降谷に対し、諸伏は警視庁の公安部に配属されていた。こうして会うのは何ヶ月ぶりだろうか。
しかし幼馴染は再会の喜びよりも、降谷がここへ来た理由の方が重要らしい。

「料理を作ることに何の興味も示してこなかったあの零が!オレに料理を教えて欲しいなんて!!」

目が爛々と輝いている。
確かにこれまで諸伏には散々料理を覚えろと言われ、頑なに拒否してきた。諸伏からすれば梃子でも動かなかった降谷を変えた原因に興味を持つのは当然だろう。
降谷は事件についての詳しい情報は伏せたまま、配属先の同期が怪我をしたこと。その原因の一端が自分にあること。せめて身の回りで手伝えることがあれば自分がしたいことを説明した。

「僕たちは気軽に外食ができるわけじゃないしな」

そう結ぶと、ここまで黙って聞いていた諸伏が深く頷いた。そしてニヤリと笑う。

「その子可愛い?」
「……は?」
「まさかオレの親友は男のために料理を始めようとしてるのか?」

心底嫌そうな顔で睨まれる。…まぁ諸伏の言いたいことはわからないでもないが。
否定しないでいる降谷から察した諸伏はコロッと表情を変えて詰め寄って来る。

「どうなの?可愛い!?」
「見た目は関係ないだろ?」
「その反応!零の好みなんだ!?」
「料理!教えてくれるんじゃなかったのか?」

低い声を出してもそれに怯む諸伏ではない。肩を竦めるだけだ。

「はいはい。悪かったよ揶揄って。ようやく零にも春が来たんだな」
「悪いと思ってないだろ。…それに、彼女はそういうのじゃない」

降谷はゆっくりと否定した。

「彼女の仕事に対する態度には敬意を持ってる。だから怪我が彼女の仕事を邪魔するのが許せない。これは僕のワガママなんだ」

降谷の出したあの警備案に穴があったのは確かだ。しかし、だからと言って彼女の怪我まで全て自分の責任だと思う程、降谷は自分の立場を驕ってはいないし、自惚れてもいない。罪滅ぼしというほど罪悪感があるわけでもない。ただ、怪我が彼女の仕事の足を引っ張る事実だけが悔しいのだ。

「零がそこまで認める子なのか。どれだけ完璧超人だよ」

散らかった部屋と、ムキになって降谷の言葉に反論する姿を思い出す。仕事の時とはまた違う顔だ。

「そこまで完璧でもないけどな」

苦笑する降谷に諸伏は少しだけ驚いて、首を振った。

「同期ねぇ………まぁしばらくはそのままでもいいのかもな」
「何のことだ?」
「仕事のフィルターが邪魔してるって話」
「わかるように話してくれ」
「じゃあ料理作るか」

あからさまに話をそらした諸伏の背中に文句をぶつけながらもキッチンへついて行く。
腕まくりをした諸伏は冷蔵庫を覗きながらメニューを考えているようだ。

「彼女、怪我したのは腕なんだよな」
「ああ。利き腕じゃないけど」
「でも不便だよな」

先日一緒に食事をした時もお椀が持てないと愚痴をこぼしていた。特にスープは飲みにくいらしいと諸伏に告げると「一緒に食べたのか…」と頭を抱えた。

「片手で食べられて料理初心者の零でも作れるもの…」
「おにぎりとか言うなよ?さすがに作れる」
「……あ!」

伏せられて顔がバッと勢いよく上がる。キラキラと輝いた目が降谷を捉えた。

「隠し味がポイントなんだぜ」

諸伏が冷蔵庫から取り出したそれを見て、降谷は首を傾げた。


■ ■ ■


「本当に作りに来るとは思わなかったわ」

キッチンに立つ降谷の後ろで、苗字がソワソワしながら見守っている。
料理ができない人間が自分の家のキッチンを使っているのだから心配するのは無理もない。いや、心配というよりも不安かもしれないが。

「できた!」

かいてもいない汗をぬぐう仕草をした降谷の後ろから苗字がひょっこりと顔を覗かせる。

「あ、サンドイッチだ」

皿に並べられた白い三角形。諸伏が作ったものよりイビツにはなってしまったが、初心者としては及第点だろう。
片手で食べられる。手も汚れにくい。そして女性が好きなメニューだと諸伏は太鼓判を押した。あとは降谷が教えられた通りにできているか、だ。

「美味しそう。調べたの?それとも誰かに教わったの?」
「幼馴染が料理得意なんだ」
「……ふぅん?」

どことなく声のトーンが低くなったように感じたが、苗字の表情はいつも通りだった。
気を取り直してサンドイッチを皿に並べると、ちょうどコーヒーを淹れたカップがテーブルに置かれるところだった。サンドイッチとコーヒーを挟み、向かい合って座る。

「「いただきます」」

手を合わせて挨拶を済ませると、苗字はサンドイッチを掴んだ。
仕事以上の緊張感で苗字が頬張る様子を観察する。

「美味しい!!」

その一言で全身の力が抜けていった。安堵でテーブルに伏せてしまった降谷にクスクスと笑う声がした。
メニューを提案してくれた諸伏に心の中で最大級の感謝の言葉を述べる。

「このハムサンド、今まで食べた中で1番美味しいわ」

またあの笑顔だった。ふわりと柔らかく落としたような微笑み。
可愛いと正直に伝えたらまた赤面されて怒られるだろうか。

「……何?」
「苗字、コーヒー好きなのか?」

ごまかすように口をついて出たのだが、そう言えば庁舎でもよく缶コーヒーを飲んでいる。

「そうなの。コーヒー党なの」

予期せず知った彼女の好みに、それならば今度はコーヒーの淹れ方を勉強しようか。そんなことを考えながら降谷もハムサンドに手を伸ばした。



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