Dream


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Episode0. 07



裏口へ続く道で降谷は男と対峙する。
女の頬にで刃先の光るナイフに舌打ちが漏れる。爆弾だけではなく刃物まで携帯していたとは。やはりプレス関係の手荷物検査は一般のそれよりもお粗末だったと言わざるを得ない。

『降谷!どうした!?』

インカムからの声がする。視線は男から外さず口だけを小さく動かす。

「4人目の犯人を発見。逃走中に女性1人を人質にしました」
「おいおい。裏口を封鎖してみろ?この女がどうなっても知らねーぞ?」

男があと1歩を踏み込むことを躊躇する降谷を嘲笑う。
それにしてもスタッフの女も運が悪い。真正面から少しでも脇によければ犯人はそのまま走って行っただろうに、真正面からぶつかるとは。結果犯人は足止めを食らってしまい、追いつく降谷を牽制するために人質を取らざるを得なくなった。まるでわざわざ捕まりに行ったようなものだ。

「は…離してください…」

か細く発せられた女の声に降谷の目が見開かれる。
しかしそれを人質を取られた焦りだと思った犯人は、真逆である余裕の笑みを浮かべてみせた。

「よく気付いたな。もう1人いるって」
「お前に褒められても全く嬉しくないが、この際だから言ってやろうか。お前たちは今回わざと捕まった」
「……ホゥ?」
「狙いは警察だ。これまで警察の包囲網をかい潜って来たお前たちは、警察に自分たちの力をより誇示することにした。捕まった仲間には発信機がついているんだろう?取り調べの場所はすぐ特定できる。そこへ残る1人が近付いて爆発を起こす」
「全員捕まえたと思ってる警察は大慌てだ」
「だがその計画は潰れたぞ」

計画が破綻したことを宣言されても男は慌てる様子はなかった。

「なるほど。お前1人が逃げられればいい。そういう関係性なのか」
「なかなか察しのいい若造だな」
「この計画の1番のネックは捕まった仲間2人だ。逃走ルートは確保されているんだろうが、警察に囲まれている中逃げるリスクはとても高い。それでも実行したということは残りの1人によほどの信頼があるか、あるいは心酔しているかのどちらかだ」

降谷の考えは当たっていたようで、男は満足げに喉を鳴らした。

「そこまでわかっていて、テメェは俺を捕まられるのか?警察ってのは人質第一だからな。女、お前には役立ってもらうぞ」

人質の女に見えるようにナイフを傾ける。キラリと刃が光り、女の細い首の薄皮に食い込んでいく。
女の身体が怯えたようにビクリと揺れ、瞳が降谷に向けられた。
耳元のインカムからは先輩が応援を寄越すので待てと指示するのが聞こえる。それには返答せず降谷はふうっと大きく息を吐いた。

「当然だな。わざわざそうしたんだから」
「……何だって?」
「確かに役に立つ人質ってことだよ!」

その瞬間、人質になっていた女が男の腕を捻り上げる。
予想外のことにもかかわらず男はナイフを放さなかった。ナイフを逆の手に持ち替えて振りかざすと、今度は女が紙一重で躱す。だが男の手を離してしまったのは失敗だった。
男は隙を逃さず拳を向ける。

「……っ!!」

避けきれないと判断した女は重い一撃を自らの腕で受け止める。ミシッと嫌な音が響き、女の顔が歪む。
拳から伝わる手ごたえにニヤリと下卑た笑いを浮かべた男は、とどめとばかりにナイフを振り上げた。
このタイミングを待っていた降谷は躊躇わず男の元へ飛び込んで行った。

「懐がガラ空きだ!」

手首を狙いナイフを落とし、流れるように鳩尾へ一突き。男がよろめいた一瞬を逃さず、今度は頸部に手刀を決めた。

「……ふぅ」

降谷は気を失った男を見下ろしポケットから手錠を取り出し男へはめる。そして額に浮かんだ汗をぬぐうと背後を振り返った。

「大丈夫か?苗字」
「たぶんヒビいった。体術勉強し直さないと」

スタッフジャンパーを着た苗字は腕を押さえて座り込んでいる。

「応急処置するから動くなよ」

降谷がネクタイをスルリと解き、苗字の腕を固定する。ヒビが入ったと自己申告があるくらいだ。痛くないはずはないが処置の間苗字は一度も声を上げなかった。

「その姿だと警察官には見えないな」

警備案を作成した降谷は朝からずっと各班リーダーとの連絡に従事していた。そのため今日苗字と顔を合わせたのは今が初めてだ。
明るい茶髪は辛うじて巻かれてはいなかったが、スタッフジャンパーを羽織った姿は警察官と言われるよりもずっとしっくりくる。

「私を私服警備の班に入れてたからこっちの方がいいと思ったんだけど、違った?」

ここまで数々の逃走を図ってきた犯人だ。今回も巧みに逃走ルートを確保していたはずだ。
だから苗字や降谷が1人で追い掛けた場合逃げら切られた可能性が高い。あそこで足止めして2対1にしたのは正解だろう。

「期待通りだ」

降谷の言葉に、苗字がふわりと笑った。
それは降谷がまた見たいと思っていたあの笑顔だった。


■ ■ ■


「ダメダメダメダメ!ぜったいダメ!!」
「そんなこと言ってもその腕じゃ不便だろう」
「大丈夫!利き腕じゃないから問題ない!」

通行人の迷惑を顧みず一つのバッグを奪い合う。
苗字は本人の予想通り腕にヒビが入っていた。職業上とその骨折箇所のため大量の検査を受けた後、苗字の退院が決まった。
労災の書類を渡すついでに様子を見て来いと、先日の事件の後処理に追われる先輩たちに送り出された降谷は病院のエントランスで苗字を見つけた。
家まで送るのは了承した苗字だったが、その後の降谷の提案には断固拒否を示した。

「身の回りのお世話なんていらないから!!」
「介護みたいに言うなよ。しばらく安静にするように言われてるんだろ?」
「だからあっちの会社も有休取ったし!」
「明後日から出勤するって聞いたぞ?」

あっちの会社とは、苗字が潜入捜査で働いている企業のことだ。事故で怪我をしたことにして今は休んでいるが、長く空白の時間を作るわけにもいかない。明後日から出勤するのだと先輩から聞いた。
片腕で不便ではあるが彼女ならそれなりに仕事をこなしていくだろう。だからこそ無理をしないとは言い切れない。

「普通だったらもう少し休むんだから、家にいる時は過剰なくらい安静にする方がいい」
「それって先輩たちから言われてきたの?」
「まさか。僕個人の提案だ。僕が犯人たちを見極め切れなったせいで負った怪我だから少しでも役立ちたいと思ったんだよ」

これまで連係プレーで警察を手玉にしていた犯人グループが、まさか金で雇ったとは言え部外者を引き入れるとは誰も想定していなかったことだ。だが考えられないことではなかった。その可能性にもう少し早く気付いていれば。それでなくても、降谷が駆け付ける時にもう1人でも連れて向かっていれば。彼女が無茶な行動に出ることもなかったかもしれない。

「だからって一人暮らしの女の家に上がり込むのはどうかと思う」
「一人暮らしだからだろう?それとも世話してくれる恋人がいるのか?」

彼女が交際届を出していないのを知っていての問いだった。苗字がグッっと答えに詰まったその隙にさっとバッグを奪う。もう抵抗はなかった。



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