Dream


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Episode0. 06



新しく建設された大型球場。明日に控えたオープン記念の国際親善試合に世間が沸く中、降谷はタブレットの中の会場見取り図を見つめていた。
『親善試合当日に爆弾がしかけられる可能性がある』
ある筋から情報が入ったのは昨夜遅くのことだ。そして急を要するこの警備の立案者として白羽の矢が立ったのが降谷だった。
上に案を提出すること数回。都度甘い部分を指摘され、ようやく完成に手が届きそうなところまで。見上げた時計は試合開始までは24時間を切っていた。

「まさか本当のことになるとは…」

以前、球場に爆弾が仕掛けられたという仮定で行った研修を思い出す。
あの時は隣に苗字がいた。今降谷の隣には誰も座っていないデスクだけがある。潜入捜査に入ってから彼女が登庁する機会はぐっと減った。
連絡先は知っているが仕事というきっかけがないと、驚く程彼女と何を話していいのかわからなかった。そもそも「この頃話をしてないから」と気軽に連絡することも気が引けた。そんな真面目に考えずに挨拶でも送っておけばいいのだと、笑って言ってくれそうな彼はもういない。

「降谷。警備案できそうか?」
「あと少しです。……明日の試合を中止することはできないんですよね」
「犯行予告があったわけじゃない。不確定な情報で国際的な親善試合を中止することはできないだろうな」

本来であれば一般市民を危険に晒すことは避けたい。試合そのものがなければ犯行そのものが行われない可能性も十分にあるのだ。

「それにあの連中は俺たちがずっと追ってきた。先回りして動けるこのチャンスを逃す手はない」

公安にマークされていながらも捕まらない犯罪グループ。目出し帽で顔も名前も特定されていない3人組の彼らは毎回巧妙に包囲網を掻い潜って来た。昨日の垂れ込みは彼らを探る協力者からのものだった。情報の信憑性は高い。だからこうして降谷たちが夜通し準備を進めている。試合を中止する選択肢などないのだ。

「彼はずっと3人で行動を?」
「そうだが、何か気になるのか?」
「いいえ。3人グループは結束が強くなりやすいですからね」

おそらくこれが最終案として採用されるだろう。降谷はファイルを保存した。
しばらく顔を見ていない彼女も作戦当日には参加することが決まっている。彼女はこの警備案を見てどう思うだろか。
現状考えられるベストの案を作ったつもりだ。それなのに何かが引っ掛かる。彼女ならこの降谷の漠然とした不安の原因を見つけられるだろうか。
暗い窓には独り座っている降谷の姿が映っていた。


■ ■ ■


『ポイントG、犯人確保』

『ポイントB、犯人確保』

『ポイントE、班員確保』

インカムから聞こえてくる確保の声。3ヶ所でほぼ同時に爆弾を仕掛けようとしている容疑者を捕まえた。これで犯人グループ3名を全て捕獲できたことになる。
昨日から今朝にかけて球場内はくまなく調べてあげられている。開場前に爆発物は見つからなかった。この厳重警備の中では何ヶ所にも仕掛けることはおろか、複数の爆発物を持ち込むもできなかったはずだ。再度場内の点検をする必要はあるが、一般客に紛れて入って来た容疑者たちが持っていたものが全てだと考えるのが妥当だろう。

『降谷。聞こえる?』

ようやく肩の荷が下りそうだと思ったところに苗字からの通信が入る。

「どうした?」
『どうやって犯人は爆弾を持ち込んだと思う?手荷物検査は警察の人間が担当したんでしょう?』
「ああ。だが身体チェックまではできなかった」

爆弾が仕掛けられる可能性がある。公安にとっては有力な情報であっても、誰しもが同様の危機感を抱くわけではない。しかも今日は親善試合だ。過剰なチェックを行うことに主催者は首を縦に振らなかった。

『それでも金属探知機は通ってるでしょう?』
「……何が言いたい?」
『3人全員が探知機をすり抜けられる確率ってどれくらい?』

降谷の頭の中でけたたましく警鐘が鳴り始める。
爆発物は探知機を通っていないのだろうか。通っていないなら手荷物で持ち込まれたことになる。どうやって手荷物検査をすり抜けることができたのか。

「いや、違う。もっと別のことだ」
『別のこと?』
「さっきの言葉、もう一度言ってくれないか」
『3人が探知機をすり抜ける確率のこと?』
「もっと正確に!」
『……3人全員が探知機をすり抜けられる確率ってどれくらい?だったかしら』
「それだ!!」

インカムの向こうで苗字が眉間に皺を寄せているのがわかる。

「毎回逃げおおせてきた犯人たちにしては簡単に捕まったとは思わないか?」
『そうね。すんなり3人とも捕まって……。3人全員……あ!!』

どうやら降谷と同じところに行き着いたようだ。

“私ならここの席ね”
“確かに捜査員を潰せば後々動きやすいな”

あの時の会話が頭を過る。
2人は同時に駆け出した。


■ ■ ■


「降谷です!今すぐ裏口通路を全て封鎖してください!」
『無茶言うな。場内の最終点検や護送準備で駆け回っているところだぞ?』
「狙われているのは我々警察です」
『は!?』
「犯人はもう1人います!」
『何だって!?3人組じゃないってことか?』
「いいえ。3人組です。ただし、今回は4人だったんです!」

降谷の説明にまだ納得できていない先輩との通信をいったん切る。犯人を全員捕まえたと警察が思い込んでいるこの瞬間こそ犯人にとって1番のチャンスだ。時間がない。
彼らの計画はこうだ。
警察は“3人組”の犯罪グループを追っている。それは間違いない。だから警察は今日も“3人”を捕まえる想定をする。
しかしそのうちの1人が金で雇われた人間だとしたら。
会場で落ち合い、受け取ったバッグをある場所へ置くだけの雇われた囮だとしたら。

『降谷。試合が終わったわ。人の動きが多くなる』

耳元から苗字の焦りが混ざった声がする。試合が終わり人の流れが激しくなればなるほど見つけるのが難しくなる。
4人目の犯人がいる。4人目というよりも本当の3人目と言った方がいいか。

「苗字、試合が終わったって言ったな」

試合が終わると選手や監督への取材のために一気にプレス関係者が動き出す。テレビ・新聞・ラジオ・ネット。大きなイベントなだけあって今日のプレス関係者は非常に多い。当然彼らは裏口へのパスを持っている。

(プレス……手荷物……!)

球団スタッフでざわつく通路を真っ直ぐ抜ける。すると今日活躍した選手が報道陣に囲まれているのが視界に映った。

「カメラマンだ!持ち物は大きなバッグにカメラ機材。機材の中身を空にしてしまえば爆弾を持ち込むことできる。金属探知機もクリアできる」

言い終えた降谷の眼前に、他のプレス関係者が取材中にもかかわらず独り輪から外れて反対方向へ歩いていく男がいた。

「止まれ!!」

降谷が低く告げると男は振り向くことなく走り出した。
男まで10メートル。降谷が追いつく前に裏口へのドアに手を掛けた。

「キャッ!?」

男が開けたドアのその先に、スタッフジャンパーを着た女が立っていた。真正面から衝突した男の速度は落ち、降谷は手を伸ばせば届きそうなところまで追いついた。

「おっと動くなよ?」

その言葉に降谷の足が止まる。
男はスタッフの首に腕を回し、その頬にナイフを突きつけていた。



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