Dream


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Episode0. 05



ゼロに所属して半年にもならないある日、苗字が局長に呼ばれて部屋を出た。正面の席に座る先輩が「潜りの仕事だな」と呟いたのを降谷は聞き逃さなかった。

「苗字はまだ新人ですよ?」
「石でも新人でも使えるものは使う。それが俺たちだ」

淡々と語る先輩は正しい。だが潜入捜査のいろはも知らない新人を投入とは。余程彼女が条件に合ったのだろうか。

「自分を差し置いて、と思うか?」

先輩の厳しい眼が降谷を射抜く。苗字に対する嫉妬心を問われているのだ。

「全く思わないと言えば嘘かもしれませんが…」

元来負けず嫌いな性格だ。彼女の方が先に功績を上げるチャンスが来るかもしれない。何も感じないわけではない。
しかし潜入捜査となると話は別だ。潜入する人間には条件がある。今回は彼女が適任だった。それだけだ…と自分に言い聞かせる。

「ははっ。正直だな。まぁ今回は苗字向きの話だったからな。でも降谷も他人事じゃなくなるぞ。もう少し先だろうが、ある組織への潜入捜査の話が上がってるからな」

その2週間後、苗字はある企業への潜入捜査に入った。
会社役員の秘書。しかもその役員であるターゲットがかなりの好色家だったため、若くて美人である苗字はまさに適任だ。
潜入捜査が決まってからも彼女は慌てる様子はなかった。一度「不安じゃないのか」と尋ねた降谷に、彼女はキッパリとこう言った。

「これが私の仕事だから」

凛として迷いのない声だった。


■ ■ ■


潜入捜査に着いた苗字との定期連絡は先輩たちが担っていた。新人である彼女の相談やフォローも兼ねていたのだろう。しかしその日は緊急の案件で警備企画課が大きく動いていた。時間ギリギリになっても抜けられる気配がない。

「降谷。お前が行ってこい」

新人同士で大丈夫なのかと問おうとしたが、周囲を見ても今動けるのは降谷しかいない。
緊急事態であればすでに上に判断を仰いでいるだろう。今日はあくまで定期連絡なのだから降谷が相手でも問題ないだろう。了承の返答をして部屋を出ようした降谷に、慌てて引き留める声がした。

「言い忘れた!苗字を探そうするな。店内でスーツを着た1番の美人を探せ」
「………何です?」
「いいから言う通りにしろ!あと、髪はブラウンだ」

先輩は早口で捲し立てて持ち場へ行ってしまった。
苗字の髪は艶やかな黒髪だったはずだ。わざわざ潜入するために染めたのだろうかと疑問を抱きながらも、降谷は指定の場所へ向かった。
落ち合う場所は潜入先の会社から程よい距離のカフェだった。テラス席だろうと見当をつけて苗字の姿を探すが、なぜか見つからない。もしかして遅刻だろうかと考えて、先輩の言葉を思い出した。

(ブラウンの髪で美人…)

美人の基準など人によって違うだろうにと半ば呆れて辺りを見回すと、1人の女性に目が釘付けになった。その女性は手にした文庫本に集中しているように見える。

(嘘、だろ……!?)

彼女は間違いなくこの店の中で1番の美人だった。だがどうだろう。降谷の知っている苗字とは到底思えなかった。
苗字名前は美人だがタイプが全く違う。見た目だけは大和撫子と称される苗字に対し、カフェにいたのはかなり派手なタイプだ。
ブラウンの巻いた髪をアップにし、少し濃いアイメイク。蠱惑的な赤い唇。タイトなスカートから見える綺麗な足を惜しげもなく組んでいた。ジャケットの前を開いて胸元が開いたブラウスを着ている。横を通り過ぎる時にチラリと覗くと、谷間が見えそうになったので反射的に目をそらした。
普段はパンツスーツと襟付きシャツで露出が少ない苗字からは想像もできない姿だ。
不安に駆られながらも降谷はその女性と背中合わせになるように座る。するとその女性は口元を文庫本で隠しながらクスクスと笑った。

「信じられないって顔してる」

聞こえてきた声は間違いなく苗字のものだった。眩暈がしそうになりながらも平静を保って降谷は携帯を耳に当てた。

「まだ信じられない」
「一応言っておくけど全部メイクだから。髪は染めたけどね」

先輩が言ったことが理解できた。これでは苗字を探そうとしても見つからない。髪型や服装は日によって変わる。だから髪の色を教え、美人を探せと言った。あれ以上的確な指示はなかったわけだ。

「さぞや今の君の上司は喜んでいるだろうね」
「ええ。毎日熱い視線を浴びてるわ」

確かに今回のターゲットは女好きだとは聞いているが、これは極端ではないだろうか。そいつがどんな下衆な想像をして彼女を見ているのかと考えただけで反吐が出る。しかし彼女の狙いはそこだ。

「何か変わったことは?」
「ないわ」
「順調みたいだな」
「変わったことがなくて順調?」

報告事項があって初めて潜入捜査の意義がある。そう言いたいのだろう。だが新人が独り乗り込んだ潜入先で、何事もなく過ごしているのは順調と言えるはずだ。その上、彼女からは身の危険を心配する言動が全くないのだ。

「君は期待以上のことをしている。すごいことだ」

素直な感想が口をついて出た。

「少し、違うわ」

苗字はガタンと席を立った。伝票を手にして降谷の横を通り過ぎる。

「期待通りなのよ」

降谷はその言葉を『自分の力を甘く見るな』という自信の意味だと捉えた。
それは当然で、降谷は苗字が潜入捜査をするべくしてゼロに入ったことなど知りもしなかった。だからそれが文字通り“期待通り”、言い換えれば予定通りに潜入捜査をしているという意味だとわかるはずもなかったのだ。



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