Dream


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Episode0. 03



周囲に溢れる人と歓声。中央ではユニフォームを着た9人が走って守備につこうとしている。
ドリンク片手に隣に座る降谷と苗字はそれを観客席から眺めている。

「目立ってるぞ」
「降谷の方が目立ってるんじゃない?」

降谷はキャップを被っているので今日はその明るい髪色は目立たないはずだ。苗字もいつもよりも化粧を控えめにして髪は1つに縛っていた。要するに2人もなるべく地味に見せようと試みたのだ。
不服を申し立てる苗字に更なる追撃をしようとするが思い止まる。化粧を薄くしても綺麗な顔立ちは変わらないし、シンプルな服装だからこそスタイルの良さが際立っている…なんて言っても褒めているようにしか聞こえない。
降谷もキャップで髪や顔を隠していても長身は変えようがないのだからお互い様だ。

「さて試合も始まったことだし、そろそろ動こうか」

降谷と苗字が球場へ来たのは間違ってもデートだからではない。
この球場に爆弾を仕掛けたと犯人から犯行予告が届けられ、2人が爆弾の回収に来た…という設定のいわば研修だ。
周囲は今日行われる試合を見に来た一般の観客たち。スーツの人間が何かを探ってウロウロしていればいらぬ不安を生む。一般の人々に紛れて事を進めるようにと先輩に言われたのだが…スーツでなくても浮く人間は浮く。
2人は諦めて席を立った。

「爆破時刻まであと2時間か」
「爆弾の総数は3つ」
「数を教えてくれるなんて親切な犯人だな」

掌を見せると苗字は空になった紙コップを渡してくる。自分のものと一緒にゴミ箱に捨てに行き、戻って来た時には苗字は球場の見取り図を開いていた。その姿をチラチラと横目に歩調を緩めて歩く男たちに苦笑する。降谷が彼女の隣に立つと彼らの気配は消えていった。

「大変だな」
「何が…ああ、彼らの視線のこと?害があるかどうかはわかるから」

サラリと言っているが、それは過去害がある視線を受けたか、実害を被ったということではないだろうか。苗字の様子からはどちらなのか窺い知ることはできない。

「苗字ならどこに仕掛ける?」
「オーソドックスに出入り口かしら」
「ゲートは何ヶ所かあるぞ」
「メインゲートと言いたいところだけど、この球場の立地ならCゲートがいいわね」

1塁側かつ駅に近いゲートだ。むしろメインゲートよりも人の出入りが激しい。観衆の被害は大きく混乱も大きい。

「僕も苗字の意見に全面的に賛成」
「じゃあ見に行きましょう」

苗字の言葉を合図に2人は揃ってCゲートに向かった。
すれ違う時の男たちの突き刺さる視線に「これは仕事だ」と弁解できないのがもどかしい。


■ ■ ■


「あっさり見つかったな」

先輩たちが仕掛けた爆弾(の模造品)はすぐ見つけることができた。偽物とは言え無造作にバッグの中へ放り込んだ苗字には肝が冷えたが。

「降谷は次どこだと思う?」
「駐車場とかどうだ?」
「いいわね。車に引火したら派手に燃えるし」
「……だから発言が物騒なんだよなぁ」

先日の資料室での発言と言い、先程の爆弾の模造品の扱いといい、見た目に反して中身が逞しすぎる。頭を抱えたくなったが苗字がスタスタと進んで行くので仕方なく後を追う。
駐車場に着くと2人は相談することもなく、降谷は右へ苗字は左へと分かれて捜索を始めた。時折左に目を向けると、苗字は降谷が探してほしい場所を確実に回っていた。

(やりやすい)

1から10まで説明しなくても同じ速度で同じ動きをする。資料室では論理立ての方法が似ていると思っていたが、机上だけのことではないようだ。

「降谷!あったわよ」

苗字が大きく手を振った。
これほど易々と見つかるのは先輩たちが新人を甘く見ているのか、降谷たち2人が期待以上に立ち回っているのか。手を振って応えながら、できれば後者であってほしいものだと願った。


■ ■ ■


爆弾(の模造品)は残り1つだ。
降谷と苗字は最初に座っていたスタンド席に戻ってきていた。
出入口ゲート、駐車場ときたからにはやはり観客席もあるだろうと考えたのだが、広い観客席だ。闇雲に探しても仕方ないと作戦会議をすることにした。

「どこを狙うか…」
「私ならここの席ね」

苗字はそう言って自分の足元を指差した。

「確かに捜査員を潰せば後々動きやすいな」

だが問題は捜査員の席を犯人が予め知りうるかということだ。犯行予告をしている以上、捜査員が来ることは想定内だろうが、わざわざ席を取るなんて思わないだろう。ちなみに今日席が与えられたのは、通路でひそひそと話し合いを続ける2人を一般の客が怪しむ可能性があったからだ。先輩には長考する時は席に戻れと言い渡されている。

「いや……実はいい線いってるのかも」

ポツリと呟いた降谷に苗字がこちらを向く。
観客席に爆弾を仕掛ける場合、1番避けたいのは爆発する前に不審物として発見されてしまうことだ。
座席の裏に爆弾を張り付ける方法もある。だがそこに自分の鞄などの荷物を置く観客は多い。早々に気付かれる可能性がある。
降谷がそこまで説明すると、苗字は「なるほど」と頷いた。

「ライト側、前から3列目の右から15番目。8列目の右から26番目、14列目の左から8番目。それから…」

苗字はスラスラと席番号を言い始める。

「16列目の左から7番目と、20列目の右から11番目ってところか?」

続いた降谷にクスリと笑った。

「さすがね」
「君もな」

2人の上げた座席番号には確かに誰も座っていなかった。そうは言っても降谷たちがいるのはレフト側だ。注意を払っていなければ離席なのか空席なのかは判別できない。

「この空席の中のどこかに爆弾が仕掛けられてる」


■ ■ ■


集合場所である関係者用の駐車場へ戻ると、先輩たちは少し驚いた様子で2人を見た。

「早かったな」
「確認しやすいレフト側に席を取ってくださったので助かりました」

降谷の余計な一言に先輩から大きな舌打ちが聞こえる。絶対にもっと難しい場所に隠せばよかったと思っているに違いない。
苗字がバッグごと回収した3個の模造品を渡す。中身を確認した先輩は「入れ方が雑だな」と顔をしかめた。

「じゃあ今日は解散。帰っていいぞ。レポートは今週中に提出しろ」

そう言うなり、先輩はさっさと車に乗り込んで行ってしまった。
残された2人はまさかの突然の解散に呆然と立ち尽くしていた。

「今日はもう休めってことかな」
「みたいね」

予定ではこの後、今回の研修の反省点をまとめる時間が設けられていた。それを無しとしたのは早く終えた2人への労いなのかもしれない。
すると急に空腹が襲ってきた。先輩の目がなくなったからだろうか。午前中は研修への事前説明を受け、そのままここへ来て研修がスタートしたため昼食を摂っていないのだから当然だ。
降谷はチラリと横に立つ同期を見下ろした。

「苗字……一緒に食べに行かないか?」

見上げてくる苗字の目には僅かな驚きが見えた。

「僕が誘うのはそんなに意外?」
「意外ね。誤解を生みそうなことは全て避けるタイプだと思ってた」
「君は誤解する?」
「しないわね」

即答した苗字に降谷が堪らず笑い出す。
思考が近い。やり方も似ている。同じ速度で動ける。彼女が隣は居心地がいい。
彼女とならどんな仕事もクリアしていけるだろう。
苗字と並んで歩くこの先を考え、自ずと足取りが軽くなった。



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