Dream


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Episode0. 01



※話の中の事件は原作コミックス77巻収録(アニメ第690・691話)の「工藤優作の未解決事件」になります。

棚に収まりきらずにはみ出ているファイルの数々。壁際に置かれたデスクと椅子にはファイルが積まれ、本来の役目を見失っている。ここが警察庁の資料室だとはにわかに信じがたい。

「資料室の整理…ですか」

本棚に囲まれた中央のスペースで降谷がぐるりと部屋を見回す。

「こういう時って反省文じゃないんですか?」

同じようにキョロキョロとしていた苗字が口にした疑問に、先輩の眉がピクリと攣り上がった。

「形だけの反省文なんて時間の無駄だ。特に降谷。お前は警察学校で何度もやらかしてるな?」
「あれは不可抗力です」

確かに警察学校時代に何度か事件に遭遇した。だが毎回運悪く巻き込まれただけなのだ。
憮然とした降谷の隣で苗字が何のことだと首を傾げているが、生憎答えるつもりはない。

「どうせ同じ時間をかけるなら有意義に使った方がいいからな」
「同感です」
「反省はしろよ!?降谷はターゲット捕獲時の単独行動。苗字は閲覧権限のないデータへのアクセス。だからここにいるんだぞ!?」

先輩は大きな音を立てて部屋から出て行った。
こうして新人の降谷と苗字は、揃って資料室の整理に精を出すことになった。


■ ■ ■


「新人のくせに単独行動とかいい度胸じゃない」
「あのままだと取り逃がすところだったんだ。やってることのヤバさは苗字の方が上だぞ」
「私のは未遂よ」

先輩が聞いたら反省がないと判断して、懲罰が追加されること間違いなしの会話を繰り広げながら2人は資料室の整理を始める。
普段忙しい人間が出入りするためか、出してはそのままにされたファイルが山積みだ。中には棚に戻そうという殊勝な者もいたようだが、なぜか元通りにしまうという行動には結び付かなかったらしい。
これをまともな状態にしようとするならせめて2日は欲しい。どうしたものかと、同じ使命を仰せつかった同期に問おうと振り返った。

「は…?」

苗字は踏み台に乗り、その上背伸びまでしていた。棚の最上段のファイルを取ろうとしているようだが、ぎゅうぎゅうに詰め込まれているのでびくともしない。それ以上引っ張ると危ないと忠告しようとした瞬間、苗字はバランスを崩して後ろに傾いた。

「危ない!」
「うわっ!?」

倒れそうな身体を受け止めようと手を伸ばした先は肩だった。だが予想以上に薄くて柔らかい感触に、支えるはずの手を反射的に放してしまった。

「ちょっと……!?」

支えるものを失った苗字の身体は再び傾いて来る。降谷に向かって。数秒前の自分を呪いながら降谷は彼女を抱えて受け身を取った。そして部屋に大きな音が響いた。

「痛…くない?」
「…だろうな。僕がクッションになってるんだから」

降谷は苗字を抱えて床に転がっていた。咄嗟の判断が功を奏し、下敷きにはなったが頭は無事だ。冷たい床の温度が背中を伝うが痛みもない。
自分の上にいる苗字はもちろん怪我などないだろうが、確認しようとしたところで腕が柔らかいものに触れていることに気が付いた。

「離して」

低い声に慌てて腕を解く。身を起こした苗字は、座ったままジャケットの埃を軽くはたいた。悪いとわかっているが降谷はどうしてもそこを凝視してしまう。

「…露骨に見ないでよ」

視線の先に気付いた苗字がジャケットの前を合わせる。

「しばらく忘れられそうにない…」
「忘れて」
「だってすごかった」
「感想はいらないから」

怒るわけでもなく恥ずかしがるわけでもなく、苗字は冷静に言い放つ。
一方降谷の頭の中は「着痩せにも程がある」「細身のくせにその大きさは反則じゃないのか」と責任転嫁の言葉しか浮かんでこない。
これ以上は駄目だと頭を抱えて床の1点を見つめていると、降谷の肩をトントンと細い指が叩いた。

「心頭滅却中に悪いんだけど…」
「まだそこまでじゃない…」
「あの事件、降谷は覚えてる?」

苗字が指差したのは2人が転倒した原因になったファイルだった。
立ち上がった降谷が今度こそそれを無事に棚から抜き取る。表紙を開くと、数秒で記憶にある事件と結びついた。

「3・4年前にニュースになったやつだな」

被害者は保育園の園長。保育園の水槽掃除のため、一時的に使用する予定だった金魚鉢を自宅から保育園に運ぶ途中に転倒。その際に金魚鉢が破損し、破片が胸部に刺さり亡くなった。

「確か血文字が残されていたな」
「連続事件になるかもって騒がれたけど、結局その後何も起きなかったわね」

園長の遺体の傍らに残された『死』の文字は、犯人からのメッセージではないか、連続事件が始まる予告ではないかとマスコミを騒がせた。
しかしその後同様の事件が起こることはなく、このことは人々の記憶から消えていった。

「ここに資料があるってことは未解決ってわけじゃないみたいだけど…」

壁際の椅子は苗字の努力によりその機能を取り戻した。降谷はそこに座り足を組む。

「そんなの読んでたら終わらないわよ?」

更にページを捲ろうとしたのを咎める苗字の言葉でふと思いついた。口角を上げた降谷は頬杖をついて同期を見上げた。

「苗字、初めての共同作業をしてみないか?」
「言い方が苛立ちを助長させる上に、初めての共同作業なら今まさにしているところだと思うけど?」

不快な表情を隠そうともしない。全く意に介さない降谷は、開いていたファイルをパタンと閉じると苗字へ差し出した。

「ここに1つの事件がある。僕たちにとっては未解決の事件だ。解いてみる気はないか?」

降谷は苗字に興味があった。彼女が優秀であることは間違いない。頭の回転が速くて機転も利く。だがそれは先輩たちから与えられた範疇で見せた力だった。制約がない状態ならば彼女の本来の能力がもっと見られるはずだ。

「知恵比べってことかしら?」

降谷の目論見など当然お見通しだろう。
綺麗に、それでいて妖しく細められた瞳で笑った苗字がファイルを受け取った。



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