Dream


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Episode4. 06



「以上だ。何か質問は?」

停車中の白いRX-7の中にいるのは公安警察の降谷零だ。安室透の時の柔和な笑顔が結びつかないほどにその表情は険しい。
唇をあまり動かさずインカムで会話をしているのでパッと見ただけでは彼が電話をしているようには見えない。

『降谷さん。こんなことを聞いていいのかわからないのですが…』

電話越しの部下は躊躇いがちに問いかけた。

「構わない。大事の前だ。気になることは全て潰しておけ」
『いえ…作戦そのものではなく…。今回、苗字さんは参加されないのですか?』

正直予想外だった。風見からは見えないだろうが降谷は口元に薄く笑みを浮かべた。

「苗字がいた方がいいか?」

言外に「自分だけでは不安か」と含みを持たせたのは風見にも伝わったようだ。慌てて「違います」と否定をする。彼が今どんな顔をしているのかが容易に想像できる。

『非常に言いにくいのですが…』
「遠慮するな。言ってくれ」
『苗字さんがいると他のメンバーの士気が上がります』

ついに降谷は噴き出して笑った。めったに見せない(実際見えていないが)上司の反応に風見が戸惑っているのがわかる。

「ただでさえ男所帯な上に、苗字は美人だからな。それはやる気も変わるだろう」

警視庁の公安部の中で彼女が殊更人気であるのは知っていた。なかなか直接会う機会もないので、彼女の指揮する作戦に入れると自慢になるのだとか。
だがこれが警察庁の中となると事情が変わる。彼女の怜悧さを日々目の当たりにしている彼らは、綺麗だからと安易に喜んで組める相手ではないことを痛感している。
それは直接連絡を取れる立場の風見も同じだろう。だから彼は警視庁の人間でありながら彼女に対して浮ついた様子は一切ない。

『そしてこれは私の個人的な意見なのですが』
「ついでだから言ってみろ」
『今回は大捕物です。降谷さんを1番理解している苗字さんがいた方が何かと良いのではと』

これには降谷が驚いた。彼女が1番の理解者だというのは降谷も同感だ。しかし風見から聞かされるとは思いもよらなかった。

「堅物の君からそんな言葉が出るとはな」
『差し出がましいことを申し上げました』
「いいや。苗字が聞いたら喜ぶぞ」

彼女は真面目過ぎるが実直な風見を気に入っている。抜けたところがないわけではないが、相手の言葉を真摯に受け取れる人間で信頼に値すると評価していた。決して本人の前では言わないだろうが。そして降谷も教えたりはしないだろうが。

「しかし残念ながら苗字は僕の部下じゃない。無理矢理従わせることはできないな」

思わず漏れたのだろう「まさか」という呟きが降谷の耳に届いた。

『苗字さんはこの作戦に反対しているんですか?』

肯定も否定もしなかったが、風見には伝わったはずだ。だからこそ風見は僅かに険のある声で続けた。

『反対だから不参加を認めたのですか?』
「早合点するなよ。苗字は最初からメンバーに入っていない」
『は?』
「反対されるとわかっていたから入れなかった。作戦のことは知っているが詳細は話していない。風見、勿論お前も口外するなよ」

元よりそのつもりではあったが、数日前に直接彼女の意思は確認できた。大方降谷が思っていた通りの反応だった。降谷もまた彼女の1番の理解者なのだ。

「そんなに意外か?」

電話の向こうで呆然としているだろう風見にクスリと笑う。

『降谷さんと苗字さんはいつも背中合わせだと思っていたので…』

背中合わせ。頭の中で反芻する。
信頼しているという意味では間違っていない。降谷もそう思っていた。だが最近少し違うなと思い始めた。
“背中合わせ”よりも“並走”だ。
2人も同じゴールに向かい走っている。問題なのは時々お互いが別のコースを走りたくなることだ。気付くと隣にいたはずの姿がない。背中合わせではこんなことは起こらない。
だが走り続けていればいずれどこかで合流する。2人のゴールは一緒なのだから。

「風見。君は全てにYESと言うだけの人間を信用できるか?」

降谷の言葉に風見が息を飲む。

「そういうことだ。僕は唯々諾々と従うだけの人間は信用できない。反対の意見であってもそれをぶつけてくれる人間の方がよほど真剣に考えてくれていると感じるよ。実際、風見だって今こうして僕に意見を言ってくれるだろう?」

想定外の場面で褒められた風見が固まる。そして短く「恐縮です」と返答した声の揺れから、風見が頭を下げたのがわかった。相変わらず律儀だ。

「それに…背中合わせという言葉の響きは綺麗だが、それだと苗字の顔が見られない」
『降谷さんは苗字さんの顔がお好みですか?』
「さっき君が言ったばかりじゃないか。あれだけ美人なんだから顔は見れた方がいい。眼福というやつだ。まぁ実際好みだけどな」
『惚気ですか』
「付き合ってないぞ」
『失礼を承知で言いますが、それ本当に面倒なのでどうにかしてください』

警備企画課のメンバーからは懇願されることは多々あるが、とうとう風見にまで言われてしまった。どうやら自分たちは日頃気を遣わせているらしい。

『付き合えないならいっそのことプロポーズされては?』

風見は半ば自棄になっての発言だろうが、降谷は押し出すような溜息をついた。

「それはもう済んでるんだよなぁ…」

その呟きに、たっぷり30秒風見の時間が停止した。

『降谷さ……!』
「さて。苗字が不参加であることに納得できたところで、他のメンバーの士気が下がらないように頼んだぞ」
『それはもちろんです!あの、今のはどういう…』

風見の問いかけを無視して通話を切った。珍しく口が滑ってしまったが相手は風見だ。問題ないだろう。

「仕掛けて来るかな」

作戦決行まで1日とない。最後の詰めはまだ残っている。
数時間のうちにやるべきことを頭の中で整理しながら、やはり最大の懸念点は彼女であると結論付ける。
同僚で同期で1番の理解者で…降谷にとってあらゆる意味で特別な存在。

『君だけは僕を裏切らないんだろう?』

すでに布石は打った。あとは彼女自身がどう出るか。正直あまり敵には回したくない。
しかし他の誰でもない、彼女に翻弄されるのであれば悪くない。
ふと見れば、いつの間にか空は白んでいた。夜明けが近い。
エンジンを掛けた車体はゆっくりと加速して窓の外の景色を次々と流していった。



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