Dream


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Episode4. 04



そこそこ値段の張る店で女性物のスーツを選んでいるのは名前ではなく降谷だった。一度は断ったはずのスーツ選びだったが、降谷はわざわざ名前に休みをあわせてついて来た。
ついて来たと言っても、朝起きるとなぜか降谷がいて、有無を言わさずにRX-7に載せられたので名前の方が連れて来られたと言った方が正しい。

「こっちがいいな」
「タイト過ぎない?」
「君はスタイルがいいから問題ない」

押しつけられたグレイのスーツを持って試着室へ入る。サイズを言った記憶はないが、名前の部屋で幾度となくスーツをハンガーに掛けただろう降谷だ。サイズを把握されていても驚かない。

「どう?」

試着室のドアを開けると、真正面に足を組んで座っていた降谷と目が合った。

「うん。待田ケイらしくていいな」

降谷が満足そうに頷いた。
本来ならこのスーツを着るのは名前ではなく待田ケイだ。だから待田ケイのメイクをしようとしたのだが、降谷に止められた。メイクがなくても大丈夫だと言い張るので名前が折れることにした。実際、シルエットはタイトではあるものの着てみれば違和感はない。むしろしっくりくる。降谷の見立ては確かなようだ。
1着目の購入を決めてドアを閉めようとすると、降谷がそれを制止する。

「こっちも着てみてくれ」

試着している間に別のスーツも選んでいたらしい。今度は濃紺だ。

「ありがとう」

言われるまま2着目を受け取る。するともう1枚ブラウスらしきものが差し出された。

「このインナーも着てみてくれ」
「…こだわるわね」

先日の車内での言葉を思い出す。ついでに違うことも思い出しそうになったが、それは強制的に頭から追い出した。

「当たり前だろ。無自覚に見せるなんて論外だ」
「自覚ありならいいのね」
「実際そうして来ただろう?」
「仰る通りです…」

自分の容姿を仕事へ利用することに迷いはなかった。美人だと褒められれば笑顔を作る。スタイルがいいと言われれば脚を見せ、胸元を開く。相手が男性であればハニートラップに近いこともしてきた。
意外にも降谷はその事実を容認している。仕事だからという手前もあるが、2人が『付き合っていない』という要素が大きい。少なくても名前はそう認識している。

「次は靴だな」

数着のスーツを購入して店を出ると、当然のように荷物を持った降谷が歩き出す。名前は横に並んでそれぞれの店のマネキンを眺めながら進む。
しばらくすると、ふと目に留まったものがあった。一瞬だけペースが落ちた名前の気配に気付いた降谷が立ち止まる。そして背後になった店のマネキンを見て破顔した。

「似合うと思うぞ。あのスカート」

名前の手を取ってクルリと引き返す。

「今日はスーツを見に来ただけだし…」
「別にいいじゃないか」

名前の言い分など聞く耳を持たず、降谷が店の扉を開く。2人を見つけた店員が近付いて来ると、名前が何かを言う前に安室透の微笑みを張り付けた降谷が試着をしたいと申し出た。色は、サイズは。本来なら名前が答えるべき質問が全て降谷によってクリアにされていく。
気付けば口を挟む間もなく試着室の前で店員からスカートを渡されていた。しかし、ここまで来てもまだ名前は躊躇いがある。

「絶対高い…」
「僕が買うからいいだろ」
「そういう問題じゃない!」
「そうか?でも絶対可愛いぞ」
「〜〜〜〜〜っ!着る!!」

駄目押しの一言に負けた名前は勢いよく試着室の扉を閉じた。


□ □ □


夕食に選んだのは行きつけとまではいかないが馴染みのある店だ。品のいい小料理屋。降谷も気に入ったらしく、メインを食べ終えたところで改めてメニューを見直している。

「なかなかいい店だな。料理の種類も多いし、何より美味い」
「お酒もたくさん揃ってるのよ」
「本当だ。今度は車以外で来よう」

運転手でない名前は飲んでも構わないのだが、1人で飲む気は起こらない。いい大人2人が今日は揃って烏龍茶だ。

「この店は局長に教えてもらったのか?」
「ご名答。何でわかったの?」
「店の奥から店長がわざわざ挨拶に来たからな。それなりに立場のある人間で名前と何度か食事をしている人間なんて限られている」
「そうよ。ここは『おじさん』の馴染みのお店」

昼間に会う時は警察庁近くの喫茶店。夜に会う時はこの小料理屋というのが定番になっている。年に1・2回程しか訪れないが店長は名前のことを覚えていたようだ。

「君があの人を『おじさん』と呼ぶのを初めて聞いた時は血の気が引いたな…」

眉間に皺を寄せた降谷は当時のことを思い出したようだ。縦社会の警察において階級が上の人間を『おじさん』呼ばわりすれば当然だろう。ましてやそれが自分たちの所属する警備局の長であれば尚更だ。

「私にとってはずっと『おじさん』だったのよ。自分で調べるまで名前も知らなかったわ」
「じゃあ誰だと思ってたんだ?」
「たまに遊びに来る父親と同じ職場の人」

降谷は声を忍ばせて笑っているが、相手は公安警察の人間だ。幼い名前に名前を言わないことを不自然に思わせない会話の流れを作ることなど造作もない。小学生にとって親の友人の認識などそれくらいのものだろう。
名前にだって人を疑うことを知らない純粋な子供時代もあったのだ。

「同期だったんだって?」
「そう。私たちと同じ。ゼロの同期」

決して寡黙ではなかった父だが、仕事の話はほとんどしなかった。今でこそ職務上当然のことだったとわかるが、子供心に不思議だと思っていたのは覚えている。

「局長もなぁ…本気で君の父親代わりのつもりらしいな。あれから見合いの話は?」
「無いわよ。おじさんも降谷のことは気に入ってるのよ?でもそれ以上に私に公安を辞めて欲しくて仕方ないの」
「父親代わりならそう思うだろうさ。どれだけ汚れた仕事をするのか身を以て知っているしな」
「それだけじゃないのよ。……責任を感じているの。私から色々なものを奪ってしまったことを」

睫毛を伏せた名前を降谷は無言で見つめた。
彼が奪ったわけではない。だが、彼自身ゼロの人間として無関係だったと思うことはできないのだろう。それも直接聞いたわけではないので名前の想像でしかないが。

「それよりも、ここはおじさん御用達のお店だから秘密の話もできるのよ」

ニッコリと笑うと降谷が参ったなと肩を竦める。
店の奥の個室。先程から店員の気配は全くない。呼ばない限りは近づかないことを承知している。ここはそういう店なのだ。

「それじゃあ本題に移ろうか」

降谷は手を顔の前で組むと、静かに告げた。

「赤井秀一は生きている」



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