Dream


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Episode4. 02



新しい潜入先には早々に馴染むことができた。もちろんこれまでの経験からどうすれば新参者が受け入れてもらえるのかわかって振舞った結果だ。
その日は入社間もなくだというのに残業をし、帰宅後には公安の案件を処理する予定だった。潜入先の近くには杯戸小学校があるが、もう夜で児童はいない。だが校舎には明かりが灯(とも)り、教師たちが残業をしているのが窺えた。

「ありがとうございました」
「いいえ。他の先生方のお話も伺えて非常に参考になりました」

耳に届いた声にピタリと立ち止まる。そして反射的に物陰に隠れた。
校門の前に2人の影がある。

「ご自宅近くまでお送りできればよかったのですが」
「いえ、まだ仕事が残っていますので」
「先生もお忙しいんですね。それでは調査内容がまとまり次第ご連絡します」

どう考えても降谷…いや、安室の声だった。話の内容からすると探偵業でここを訪れたようだ。もう1つの女性の声は依頼者である小学校の教師に違いない。
しかしなぜ隠れてしまったのか。気付かないフリをして通り過ぎればよかったのだ。これでは盗み聞きのようだし、出て行くこともできない。別の道で帰ろうかと考えていると、コツコツと靴音が近付いて来る。

「やっぱり君か」

電柱に隠れた名前の姿を認めて安室が苦笑する。名前も気配を消していたわけではないので気付かれるのはわかっていた。

「趣味が良くないぞ」
「立ち聞きするつもりはなかったのよ」
「ちょうどいい。近くに停めてあるんだ。乗るだろ?」

名前の弁解は華麗に無視され、背を向けて歩き出す。ここで名前が車に乗らない選択肢はないのだろうか。絶対に後をついてくると確信している進み方に憮然とする。

「そういえば新しい会社がこの近くだったな。早速残業か?」
「そうよ。前任者の仕事が適当すぎて話になんないわ」
「ははは。今度の秘書は優秀で業績が上がるかもな」

揃ってRX-7に乗り込んでシートベルトを締める。

「スーツ…」

じっと見ているのは感じていたがどうやら名前の着ているスーツだったらしい。
今日の名前は会社役員の秘書らしくタイトスカートのスーツだ。

「そうなのよ。完全スーツ。オフィスカジュアルNG。スーツ買い足さなきゃ」

公安の苗字名前と同じものを着るわけにはいかない。そもそも公安ではパンツスーツが多いので待田ケイの雰囲気とは合わない。
役員秘書という職務上それなりのスーツが必要だ。今回は着任までが早かったので準備が整っていなかった。

「じゃあこれから買いに行こうか」

面倒だなと思っていた名前とは対極に、楽しそうな降谷の声がした。
知っている。服を買いに行く時について来る降谷は荷物持ちとして買い物に付き合うのではなく、名前に自分好みの服を買わせるのが目的だ。

「遠慮しておくわ」
「そうか?それならとりあえずインナーだけは注意してくれ」
「は?」
「男の目線だとよく見えるんだよ」

降谷の指が谷間を指す。

「君は大きいから…上から見下ろすとよく見える」

そのまま指が胸の曲線をなぞっていく。上から下へ。同じラインを下から上へ、そして胸を越えて名前の唇に触れた。
名前が僅かに目を伏せると静かにそれが重ねられる。

「見るのも触れるのも僕だけにしてくれ」
「…約束はできないけどね」
「最近思うんだが、名前のそういう発言は独占欲を煽るだけで逆効果だぞ」

クスリと笑った降谷はもう一度名前にキスを落とした。


□ □ □


乱れた衣服を整え、手櫛で髪を梳かす。もう外は暗い。多少だらしない恰好でも車内であれば見えることはないだろう。

「見つかったら公然わいせつ罪」
「見つからなければ大丈夫だろ」

睨みつけた相手はズボンのベルトを締めているところだった。名前が睨むが全く動じていないところを見ると反省はしていないようだ。

「そう言えばあれからコナン君は何か言ってきたか?」
「話題を変えたつもりだろうけど、仕事の話とかデリカシーなさすぎるわよ」

シートベルトを締め直した名前が溜息をつく。今更のことなので形式だけの諫言だ。降谷もそれがわかっているので返事はせずに、RX-7のエンジンを掛け発車させた。そして1分程走った後に名前が呟く。

「司法試験のことを知られたわね」

降谷は名前が司法試験に受かったことを知る数少ない人間の1人だ。
先日コナンと蘭、英理と会い、彼女が待田ケイのことを覚えていたこと。司法試験予備試験、本試験の合格のことが全てコナンに知られたことを話した。

「知られてまずいことはないだろう?」
「ないわ。“私には”ね」

杯戸中央病院でもコナンは名前の診察券を拾っている。そこに書かれた名前を確認していない彼ではないだろう。
そして降谷には伝えていないが、名前はコナンに偽名を見抜けることを教えた。

「さては…何か仕掛けたのか?」

名前の表情から悟った降谷が目を丸くする。
降谷からすればコナンの肩を持つ発言が多かった名前が、彼を嵌める仕掛けをするとは思わなかっただろう。
コナンを助けたい気持ちは本当だ。しかしそれはこちらの手の内を明かすこととは違う。

「仕掛けておいたのよ。念のためと思って」

偽名を見抜ける。それ自体は嘘ではない。
だが、これは名前がコナンに仕掛けたトラップだ。それだけではない。同じトラップを沖矢にも仕掛けておいた。
彼らは思ったはずだ。偽名を遣っている者だからこそ偽名を見抜くことができるのだと。

「本当に君は抜け目がない」

降谷は笑いながらハンドルを回す。詳しいことを尋ねることはしなかったが、今の会話でおおよその見当はついたはずだ。沖矢のことは別として。

「待田ケイが偽名だと思っている限り、真実には辿り着けない」

病院の診察券に書かれた名前。そして司法試験合格者のリスト。
突き付けられる事実にコナンは何を思うだろうか。

「あー…身体痛い」

名前は不自然に首を回し始める。
この話題を続けたくなかったからというのが本音だが、クツクツと喉の奥だけで笑った降谷も応じてくれる。

「キスしたら機嫌直してくれるか?」
「直ると思ってるならどうぞ?」

実際首も腰も痛い。ただでさえスポーツタイプの狭い車内でかなり無理な体勢を強いられたのだ。
恨みがましく睨んだ名前の顎に降谷の手が触れた。本当に反省がないなともう一度ついた溜息は降谷の唇に飲まれていった。



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