Dream


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Episode3. 08



白い壁、並んで座る人々、そして薬品の匂い。

「ドジ踏んだ…」

名前は包帯できつく締められた右脚に溜息をつく。
昨夜は担当案件で尾行をしていたのだが、何の因果かターゲットが突然暴漢に襲われた。慌てて止めに入り暴漢を取り押さえたはいいが、その時足首を捻ってしまった。

「手じゃなくて良かった…のかな」

公安に入ってまだ浅い時期に腕を折ったことがある。その時のことがあって怪我には注意してきたのだが、やはりこの職業では避けて通れないらしい。
ロビーにはそれなりの人数がいる。やはり時間潰しのために本を持参したのは正解だったようだ。さっそく本を開こうとすると、急に入口の方がザワザワとし始めた。耳を澄ますと「入院病棟らしい」「人が死んだ」「事故じゃないか」といった声がする。そして次に大きなパトカーの音が響いた。
気にならないわけではないが、何しろ怪我は足だ。動くのは必要最小限に留めたいので傍観を決め込む。

「あれ?ケイさんじゃないですか?」

正面の廊下から名前を見つけて蘭が近付いて来る。ここで知り合いに遭遇するとは思わなかったが、それは蘭も同じだろう。

「蘭ちゃん。どうしたの?こんなところで」
「それはこっちのセリフですよ。怪我したんですか?」

蘭の視線が足首に巻かれた包帯に向かう。

「そうなのよ。捻挫だろうけど念のためレントゲンを撮っておこうと思って。蘭ちゃんは誰かのお見舞い?」
「実は母が虫垂炎の手術で。あ、無事終わってさっき麻酔から覚めたんですけど」

心配を掛けないようにと慌てて両手を振る蘭の優しさに名前は目を細める。

「手術、無事終わってよかったわね」

虫垂炎とはいえ手術するほどだったのであれば不安もあっただろう。まして蘭はまだ高校生だ。親しい人間の病気や不幸には慣れていまい。

「はい!それで…ケイさんはコナン君を見かけませんでしたか?父もなんですけど」
「…は?」

聞いてみると病室を追い出された小五郎と一緒にコナンもどこかへ行ってしまったらしい。その経緯は聞いて呆れるものだった。

「何で男ってデリカシーに欠けるのかしら」
「ですよね!お父さんも安室さんの紳士的な態度を見習ってくれたらいいのに」

その安室こそが名前に対してデリカシーにかける言動を散々続けているのだが、それを蘭が知る由はない。はははと乾いた笑いを返していると、先程パトカーが来ていたのを思い出す。

「何かあったんでしょうか?院内もバタバタしてますよね」
「コナン君を探してるなら騒ぎの中心に行ってみたらいいかもね」

パトカーが駆けつける事件が起こり、同じ建物にいるコナンが興味を示さないはずもない。絶対に首を突っ込んでいる。
そう告げると蘭は「確かに」と険しい顔をする。

「私、探してきます」
「いってらっしゃい。蘭ちゃんも怪我には気を付けてね」
「ケイさんこそお大事に!」

小走りに立ち去る蘭に手を振った。
新たに増えただろう調書のことを考え、泣きたい気持ちを抑えて笑顔で見送ったことを誰か褒めて欲しい。


□ □ □


レントゲンの結果は予想通りの捻挫で、全治3週間の診断が下った。走るのは厳禁。なるべく動かないようにと忠告する医者に笑顔で頷いた。約束はできないが努力はするつもりだ。
会計を済ませてようやく病院を出ようとすると、横を通り過ぎようとした子供が振り返る。

「お姉さん、診察券落ちたよ!…ケイさん!?」
「コナン君」

名前の顔を見たコナンの目が大きく見開かれる。どうやら蘭は名前に会ったことを伝えていなかったらしい。クスリと笑って差し出された診察券を見れば確かに自分のものだった。

「拾ってくれたんだ。ありがとう」

手を伸ばして名前が診察券を受け取ろうときた時、ピタリとコナンの手が止まる。

「前に…こうしてケイさんの携帯を拾ったことがあったよね」

思わず唇が弧を描いた。
その笑みで全てを悟ったコナンが驚愕に目を見開く。

「まさか…あれは……」

それには答えずに、ゆっくりと引き抜くようにコナンの手から診察券を受け取る。

「蘭ちゃんが探してたけど、会えた?」
「う、うん…」
「あまり心配かけないのよ?」

あくまで子供に接する態度で頭を撫でる。そしてそのまま過ぎ去ろうとした名前の足をコナンの一言が止めた。

「“ゼロ”って知ってる?」

心臓が強く跳ねた。

「ゼロ?数字の?」

動揺したのは一瞬の鼓動のみ。顔色一つ変えることなく、名前は平然と答えた。
しかしコナンは追及の手を緩めない。

「安室さんから子供の頃のあだ名がゼロだったって聞いたんだ」
「彼の親しい友人がそう呼んでいたことは知ってるわ」

優しくその名を呼んだ声を名前は忘れることはないだろう。

『君がゼロに出会ってくれたことに感謝するよ』

名前こそ彼に感謝することばかりだ。それなのに名前は御礼を言うことができなかった。
名前が泣きそうに見えたのかもしれない。コナンが硬かった表情を崩す。そして静かに問いかける。

「ケイさんは安室さんの同期、なんだよね」
「そうよ」

名前が肯定すると、コナンは「そうか」と考え込む。
ゼロ。そして今の問い。
もう手の届くところまで迫っているようだ。

「ねぇ、コナン君」

だがそう簡単に全てが詳らかになるわけではない。

「安室君よりも手強いのが私だったらどうする?」

コナンの背筋がヒヤリとする。
名前自身にはわからないことだが、それはとても美しく妖しい笑みだった。



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