Dream


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Episode3. 05



休めと半ば無理矢理取らされた有休だった。久しぶりに朝寝坊をし、午前中に溜まった家事を済ませて、遅い昼食をどうするか考えた結果ポアロに来てしまった。

「だって料理もコーヒーも美味しいんだもの…」
「え?何か言いました?」

得意のカラスミパスタを作っていた梓が顔を上げた。

「ううん。休みの日にポアロのコーヒーと梓ちゃんのパスタなんて贅沢だなって」
「私もケイさんとゆっくりお話できるの嬉しいです!」

ポアロに来た理由はコーヒーと料理だけではない。この梓の存在だ。公安に入ってから昔の友人たちとは疎遠になってしまった名前にとって梓は貴重な存在だ。
絶品パスタに舌鼓を打ち、食後のコーヒーを飲みながら梓とお喋りを楽しむ。これ以上贅沢な休みがあるだろうかと満足していると入り口からカランと音がする。

「コナン君いらっしゃい。あら、今日は1人?」
「うん!外からケイさんが見えたからお話したいなーって」

可愛いらしい小学生そのものの受け答えをしたコナンに名前が笑う。

「じゃあ窓際でお話しようか。コナン君はオレンジジュースでいいかな?」
「わぁーい!」

梓に断りを入れて窓際の席へ移動する。梓の目があるカウンター席よりもこちらの方がコナンも話しやすいだろう。
名前がコーヒーを持って座ると、コナンがテーブル越しにランドセルを下ろすところだった。

「コナン君宿題ある?お姉さんが教えてあげようか?」

イタズラ心が刺激された名前に、コナンの顔はこれでもかという程に歪んだ。

「知っててよく言うぜ」
「あ、それが素?」

開き直っているのか、小学生を繕う気はないらしい。そうは言っても見た目は小学生なので小生意気な子供といった感じだ。

「オレが今日ケイさんに聞きたいことだってわかってるんだろ?」
「まあだいたいね」
「じゃあ前置きは無しだ。何でオレことを知ってるんだ?」

工藤邸で別れてから沖矢は名前の頼みをしっかりと聞いてくれたようだ。

『あの子には上手く言っておいてくださいね』

名前が何者か、なぜあそこにいたのか、どこまでを知っているのか、畳みかけるように詮索されたはずだが、のらりくらりと躱したのだろう。だからこうしてコナンは名前の目の前に座っている。

「私ね、嘘の名前を言う人ってわかっちゃうのよ」
「は?」
「江戸川コナンって偽名でしょ」
「それだけか?」
「もちろんその後に色々調べたけどね」

名前の言葉の真偽をコナンは考えているようだった。普通なら偽名がわかると言われてあっさり納得するはずはない。だが名前はコナンが信じるだろうと確信していた。

「それは名前を言えばわかるのか?」
「そうよ」
「そうか……」

常識的には納得しがたいことでも、そもそも彼自身が常識から逸脱した人間なのだ。まずは肯定して理論展開することはそれ程難しくはないはずだ。
その時、コナンはある事実に気付いてハッと顔を上げた。

「じゃあ昴さんのことも……」

それには婉然と微笑むことで答えた。コナンは大きな溜息をついて頭をグシャグシャと掻き回した。

「そうだとは思ってたけど…。本当にケイさんって何者なの?昴さんまで味方につけてさ」
「昴君が味方だと思ったことはないけど?」

名前が小首を傾げると、コナンまで同じように首を傾けている。

「だって『個人的に好感が持てる女性』って言ってたぜ?」
「好感が持てるからと言って味方とは限らないじゃない?」
「おいおい…。昴さんは味方でもない人間をオレの家に入れたのか?」
「ほら、昴君と私はお茶友達だから」

それについては事実なのだが、コナンは白けた顔だ。

「だいたいその『昴君』って何だよ」
「ああ…これは私の方が年上だからって…あ、ちょっと待って。言いたいことはわかるから」

コナンを手で制する。名前だって最初は断ったのだ。だが、あくまで自分は年下の27歳大学院生なのだから名前が敬語を遣うのはおかしいと主張されてしまえば、もう従う他ない。

「意外と押しに弱いんだな」

コナンの緊張は店に入ってきた時よりもだいぶ和らいだようだ。名前に軽口を言う余裕も出てきている。

「…信じてくれるのね?」
「嘘をついてないと思っただけだ。別にケイさんのことを信じたわけじゃない」

コナンの返答はにべもない。
おそらくこれ以上コナンの警戒を解くことは難しいだろう。諦めてコーヒーを飲もうとすると、すでに中身が空になっていることに気付く。

「何だか楽しそうだね」

よく通るテノールの声と共に突然2人の間に笑顔が割りこんできた。

「あ、安室さん!?」

ポアロのエプロンを付けた安室がコーヒーポットを携えて立っている。
コナンは驚いて後退りしているが、名前は誰かが近付いて来ることは察知していた。コナンに捕まらなければ安室の出勤前に店を出る予定だったのだが、間に合わなかったようだ。

「安室君、体調はもういいの?」
「おかげさまで」

2人の挨拶をコナンが凝視している。白々しいと思われるかもしれないが、待田ケイと安室透とは先日大尉の事件で会って以来だ。あの時安室は体調不良で早退したことになっているのだから、この挨拶で問題ない。

「コーヒーのお代わりはどうかと思ってね」
「いただくわ」

空のカップに茶色の液体が注がれ、安室はキッチンへ戻って行く。それを見届けてから小さな声でコナンが呟く。

「前に安室さんとの関係を探り当ててみろって言ったよな」
「ちょっとニュアンスは違うけど、言ったわね」
「当ててやろうじゃねーか。ケイさんが何者かってことも全部な!」

小さな探偵が不敵に笑う傍ら、名前はカップを手に取った。カップに隠れたその口元に笑みが浮かべられていたのを、キッチンにいた安室は見逃さなかった。



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