Dream


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Episode3. 04



警視庁の中でもあまり人が来ない一室。そこに通された名前は後ろを振り返って深々と頭を下げる。

「風見さん。資料ありがとうございます」
「いいえ。大したことでもないですし、お安い御用ですよ」
「先日も…いきなりすみませんでした。本来なら自分直属の部下に頼むべきなんですが…」

申し訳なさそうに眉を下げる名前に、風見が慌てて首を振る。

「気にしないでください。あの日苗字さんの部下は別件で出払っていたんですから。それにあなたは降谷さんのバディです。日頃から私をもっと遣ってもいいくらいです。…まぁ『コーヒーをかけに来い』とメールが入った時は驚きましたが」
「どうやら目をつけられていたみたいで。盗聴器はいつも付ける側だったので新鮮でしたけどね。風見さんも袖口には注意した方がいいですよ」

名前の忠告に風見は「まさか、そんな」と笑った。彼も普段なら盗聴器を付ける側の人間なのだから無理もない。しかし絶対にないとは言い切れない。この油断がいつか彼の首を絞めることにならないよう願うばかりだ。

「あの…苗字さん」
「何でしょう?」
「来葉峠の資料は前にもご覧になったはずでは?それに行方不明者リストなんてどうされるんですか?」
「1つ、見落としていたことがあるんです」

それだけを言って資料を捲り始めた名前に、風見は一礼して部屋を出た。
背中で扉が閉まった音を確認してから名前は呟く。

「大事なことだったのに…うっかりしてたわ」

一度は読み込んだ事件資料。赤井秀一が死亡したとされる来葉峠の事件。
沖矢昴が工藤邸に住んでいることを知った名前はすぐにその詳細を調べた。
欲しかったのは赤井生存の証拠ではない。赤井死亡の綻びだ。

「赤井秀一が死亡したとされた決め手はジョディ捜査官の携帯電話の指紋」

むしろそれしか決め手がなかったと言える。
ここで重要なのは死体の指紋が「赤井秀一の指紋」ではなく「携帯電話の指紋」と一致していたことだ。
ジョディは赤井が携帯に触れたところを見た。だから2つの指紋が一致したことで赤井が死亡したと考えた。不自然ではない。
だが沖矢昴の存在が名前をもう一歩踏み込ませた。そして名前は証拠となった携帯の本当の持ち主が江戸川コナンであったことを知る。赤井がコナンと裏で示し合わせていたのならば携帯に細工をすることは十分可能だ。
あくまで発見された死体の指紋と一致させるだけであれば方法はいくらでもあるのだ。

「これが赤井秀一死亡の綻び」

以前、来葉峠を調べた時はそこで終えてしまった。しかし名前はこの事件でもう1つ重要なものがあったことを思い出した。

「すり替えられた死体は誰なのか」

名前が見落としていたのはそこだ。
そもそもこの計画はすり替える死体が存在して初めて成り立つ。
FBIが都合よく調達できたとは思えなかった。彼らが日本でそんな不穏な動きをすれば痕跡が残る。ならば偶然手に入れたのだ。恐らく来葉峠の前日に。

「降谷…バーボンに感謝ね。あの花見の日のすり替わりで気付けたんだから」

バーボンが中年の男性とすり替わっていたことで気付いたのだ。赤井がすり替わった死体の存在の重要性に。

「死体が手に入ったのは偶然かもしれない。でもその偶然が起こったのは偶然じゃない」

あの病院には組織の一員である水無怜奈がFBIの保護で入院していた。しかし彼女がFBIの管理下にあるのを組織が許すはずもない。消すなり奪還するなり手を打つはずだ。ならば組織の誰かを病院へ潜入させ、様子を窺っていたに違いない。
もしも潜入していたその人物がFBIにより(コナンかもしれないが)組織の人間であることを暴かれたとしたらどうするだろうか。

「……いた」

名前は風見が用意した行方不明者リストから1人の男を見つけた。
杯戸中央病院の入院患者でその日から行方不明になっている。彼の所有していた車は破損車両として見つかっており、車内には大量の飛沫血痕があった。大きさから拳銃によるものだと推測できる。血痕のついた位置から、頭を撃たれたか。もしくは自ら撃ったか。

「名前は楠田陸道。彼は組織の人間だった」

だから彼の遺体は日本警察に通報されることなくFBIに回収された。そして彼は行方不明者リストに載ることになった。

「これが来葉峠の全貌ね」

艶やかに塗られた名前の唇が弧を描いた。
その時だ。狭い室内に携帯の無機質な音が響いた。表示された番号に、また盗聴器が仕掛けられているのではないかと嘆息してから通話に切り替える。

『随分とご無沙汰じゃないか』

聞こえてきた同期の声は、その言葉とは裏腹に機嫌がいい。

「あら。あなたの方こそ妖艶な美女とスリリングな時間を過ごしたんじゃない?」
『やっぱりわかってたのか』
「あなたが中年男性に変装していたこと?妖艶美女が妊婦に化けていたこと?それともあなたたちがジョディ捜査官を探っていたことかしら?」
『本当に君には感服するよ』

降谷のクツクツといった笑いが耳を擽る。

『それで、あれから何か変化は?』

ベルモットに盗聴器を仕掛けられたあの日から、しばらくは待田ケイとして過ごした。再び接触がある可能性を用心してのことだったが、一向に音沙汰はかった。だから今日こうして苗字名前として警視庁を訪れたのだ。

「特にないわ。そもそも私があそこにいたのを偶然見つけてやったことだろうし。面白半分ってところだったのかもね」
『そのようだな。女優になる気はないかと言っていたが』
「ないわよ」
『そう怒るなよ。一応誉め言葉だと思うぞ』

彼女のことをよく知っているような言い方に胸がチクリとするが「それはどうも」とだけ返答する。

『それなら…もう君の家に行っても平気かな』

電話越しの声が耳朶を震わせる。降谷の吐息がかかったような錯覚に陥る。

(熱い……)

自分の現金さに呆れる。降谷のその一言で先程胸に刺さったものはすっかり消え去ってしまう。
しかし同時に名前は今の自宅の様子を思い出す。平気かと言われると平気ではないだろう。黙ってしまった名前に降谷が察して苦笑する。

『その君の悪い癖に言いたいことはあるが…まずは部屋を片付けようか。ポアロが終わったからこれから向かうよ』

降谷と会うことが嬉しいのか怖いのかわからなくなったところで通話が切られる。
ちょうど調べも終わったところだ。
名前は広げた資料を元通りに整えると、退室することを風見に連絡した。



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