Dream


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Episode2. 07



「これは何?」
「名古屋土産」

帰宅すると当然のようにそこにいた降谷に問いかける。
リビングのテーブルに置かれた見え覚えのあるパッケージは確かに名古屋の土産物として有名なものだ。

「ベルツリー急行は名古屋まで行かなかったって聞いたけど」
「でも結局名古屋まで行って新幹線で帰ってくるのが早かったんだよ」

あの爆発だけでも大騒ぎだというのに、ベルツリー急行の中では殺人事件も起きていたというではないか。無事犯人は捕まったそうだが、そのまま近くの駅に停車して事情聴取が行われたらしい。
ましてや降谷は元々バーボンとしてそこにいた。あの爆発の後処理もあるはずだから、今日はそのまま付近に宿泊するものと思っていた。
だがどうしてかその日のうちに都内に戻って来たらしい。

「知ってたのか?僕があれに乗ってたこと」
「爆破事故のこと、ずっとニュースで流れてるわよ」

それは問いの答えになっていないが、降谷は追及してこなかった。ベッドによりかかったまま空中の1点を見つめている。その様子は少し前に伊達を失った時の降谷に似ていて、名前の胸をざわつかせた。

「お茶淹れようか」
「それよりこっちに来てくれるか」

自分の家で降谷が主導権を握っていることに若干の反発がないわけではないが、言われた通り隣に座る。すると肩にズッシリと重みがかかって降谷の明るい髪が頬を擽る。

「お疲れ様」
「そうだな…。疲れたな、今回は」

常套句に珍しい弱音が返ってきたことに瞠目する。
そんな名前のことも気配で察しているだろうが、降谷はしばらくそのまま動かなかった。
列車の爆発。弱っている降谷。今日一日で何が起こったのか。無言の時間は余計な推測ばかりしてしまう。
このままではいけないと、気を紛らわせるために携帯を確認しようとすると素早く取り上げられてしまった。

「しばらく僕専用でいてくれ」

発言に驚く間もなく背後から抱き締められ、降谷が首元に顔を埋めてくる。

「名前の匂い…落ち着くな」
「私は落ち着かないけどね」

匂いと言われて平静でいられるほど太い神経ではない。しかし回された腕はきつく、放してもらえそうにない。弱っているのを隠しもしない降谷をはねつけることもできず、名前はなされるままだ。
事件の詳細不明だが、この様子では降谷が何かを失ったと思っていることは確かだ。だとすればそれはバーボンとベルモットが追っていた灰原哀になった“彼女”に違いない。
だが灰原哀の生存確認をした名前は知っていた。
“彼女”は生きている。

(でも言えない)

降谷は相手が誰であってもみすみす殺させるような男ではない。彼はバーボンとして動きながらも“彼女”を保護するつもりだったはずだ。そういう意味では今回彼の真の目的は失敗していると言えた。だからこそ生存を知れば救われる部分もあるだろう。
しかしそれは“彼女”が“彼女”のままであったならの話だ。
灰原哀の生存が確認された。それならば“彼女”は今子供の姿だ。
名前は“彼女”の存在を知らないのだから降谷に教えてあげられることは何もない…ことになる。

「降谷、甘えたい?」
「そのためにここに来たんだけどな」

名前の唐突な問いにクスリと笑った気配がした。
きっと彼は明日になれば何もなかったかのように変わらぬ顔でこの部屋を出て行くだろう。そしてまた人を欺き、探り、傷付ける。自分を擦り減らし続ける毎日は続くのだ。
名前は降谷をよく知っている。
だから彼が今日無理を押してここへ来た理由も言われずともわかっていた。

「零」

くるりと反転して降谷の頭を自分の胸に引き寄せた。大きな背中をトントンと叩く。これではまるで赤ん坊をあやすようだなと思ったが、降谷からの抵抗はなかった。
しばらく一定のリズムで叩き続けていると、降谷がグリグリと胸に頭を擦りつけてくる。手を止めると青い瞳がこちらを見上げていた。

「ごめん。限界だ」

両頬に手が添えられる。降谷が動く前に名前から近づいて唇を重ねた。1回、2回、3回と繰り返していくうちにどんどん深くなっていく。割り入れられた舌は名前のそれも絡められてお互いを貪るように動いた。頭が真っ白になっていくのは酸素が足りないからか、単純に気持ちいいからか。どちらでも構わない。
何分そうしていたのか。お互いが酸素を求めて離れるとまた胸に頭をコツンと押しあてられる。

「僕もまだまだだな。全部言ってしまいそうになる」

言ってしまえば楽になるだろうか。
誰も強制などしていない。
仕事も目的も全てなかったことにして自分の気持ちをありのままに言葉にできたら。
そんな想いが過ることもある。
だが言わないのが降谷零であり、言わせないのが苗字名前だ。

「言いそうになったらその口を塞いでやるから」

言葉にしなくても伝わるものがあるなんて、そんなのは独善的な綺麗事だと思う。
しかし突き放すような名前の言葉の真意は降谷には全てお見通しで。

「できれば色っぽいやり方で頼むよ」

それならばお望み通りに、と再び唇を重ねた。



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