Dream


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Episode2. 00



昼食の時間のピークが過ぎたにもかかわらず、オフィス街のカフェは空席を見つける方が難しい。指定されたその店を見渡すと、奥のボックス席に明らかに場違いな強面の男がいた。

「遅れて申し訳ございません」

名前が駆け寄ると、男は相好を崩す。すると驚くほど穏やかな印象に変わる。

「そんなにかしこまらないでくれ。もう引退した身だ。暇だからこうして1時間前からここで読書だ」

そう言って文庫本を持ち上げてみせる。名前は肩を竦めながら彼の正面に腰を下ろす。

「元気そうだな」
「病気ではないという意味では」
「ははっ。相変わらず降谷に振り回されているのか」

愉快そうに笑うこの男は元警察庁警備局長だ。数年前に定年退職してからは再就職もせずにのんびり日々を過ごしている。官僚の天下りが騒がれる昨今、ある意味では変わり種だ。

「今日はどんな御用で?」
「用という用ではないんだ。顔を見に来た」
「嘘ですね」
「嘘だ」

店員が注文を取りに来たのでコーヒーを頼む。男の方はもう1杯別のコーヒーを注文した。

「また例のやつですか?お断りしたはずです」
「さっきまでかしこまっていた割には遠慮がないな…」
「こういうことははっきり言わないとどちらのためにもなりません」
「じゃあ言うが、見合いをしないか」
「しません」

この男は警察庁を引退してから折を見ては名前に見合いを勧めてくるのだ。必ず断られると知っていても諦めない。元ゼロの諦めの悪さは尋常ではない。
名前も三十を目前として適齢期(を過ぎようとしている)の自覚はある。友人の結婚式に何回電報を送ったからわからない。
それでも頑として譲らない名前の態度に男の顔が渋くなる。

「俺があと30若ければなぁ」
「愛妻家が何を仰いますか。奥様との時間を作りたくて再就職なさならなかったのでしょう?」
「いやはや。降谷に渡すのはもったいないな」
「何がもったいないんです?」

気配もなくスーツ姿の降谷が2人の間に立っていた。眉間に皺を寄せて不機嫌そのものだ。

「久しぶりだな、降谷」
「ご無沙汰しておりました。お元気そうで何よりです」
「まぁそこに座れ」

名前の隣を指差すと、降谷が一言断りを入れて着席した。

「何でここに…?」
「本庁に行ったらいるはずの君がいないじゃないか。『所用で外す』と言って出たらしいな。そういう時は大抵ここで局長と会っている」
「“元”局長だな」
「局長も局長です。彼女はいつもお断りしているのですからいい加減に諦めたらいかがですか?」
「お前も大概不躾だな」

口ではそう言いつつ、機嫌を損ねることないのだからやはりこの男は変わっている。

「そもそも降谷が待たせているからこんなことになるんだ。彼女の釣書で何人の男が釣れると思う?」
「100人中90人は釣れるでしょうね」
「いやいや、言い過ぎ。そんな大層な身分でもないし…」
「俺が後見人になるぞ」
「訂正します。97人」

至って真面目に降谷が答える。
そもそも見合いをする気はない。わざわざ元局長を後見人に据えるつもりもない。
頭を抱える名前を無視して男たちは話を進めていく。

「俺は彼女の父上に代わって花嫁姿を見ると心に決めているんだ。なのにゼロになったばかりか、こんな面倒な男に…」

これには降谷のピクリと表情が動いた。
自分で面倒な男だと言っていたではないか、と揶揄うのは心の中だけにしてく。

「交際届も出していないようだし」
「付き合ってませんから」
「それを課長から聞いた俺の絶望がわかるか?」

彼の絶望はわからないが、課長が迷惑だっただろうことはわかる。
降谷も同じことを考えていたようで名前と示し合わせたように笑いがこぼれた。

「おじさん、ごめんね。私もう決めたの」

突然変わった口調に男は少し驚いた顔をした後、残念そうに首を振った。
ごく一部の人間を除いて知らないことだろうが、名前とこの元警備局長は古くからの知り合いだ。だから名前がこの口調の時は建前のない本音であることを男はよく理解していた。

「娘を嫁に出す気持ちだな」
「局長はすでに実の娘さんをお嫁に出しているでしょうに」
「本当に口が減らない奴だな。降谷は自分以外の男の方が幸せにできるかもしれないと考えたことはないのか?」
「そんなこと、仕事をしている時以外ずっと考えてるに決まってるじゃないですか」

当然すぎるという様子で降谷が言うので、男も名前も固まってしまう。そんな2人を気にすることなく降谷は続ける。

「必要な言葉は言わない。関係を公言もしない。紙きれ1枚を出してやることもできない。最低だと思っています。それでも僕は……」

その先に続く言葉は言えない。例えそれが元局長相手であっても。
饒舌だった口を閉じてしまった降谷を男がじっと見つめる。

「お待たせしました」

明るい声と共に注文したコーヒーが運ばれてきた。
2杯の注文に座っているのは3人。ウエイトレスが誰に置くか迷っているのを見かねて声を掛けようとした名前を男が手で制する。

「1つは彼女に、1つは彼に」

言われた通りにウエイトレスがカップを置き去っていく。怪訝な顔の降谷に男がニヤリと笑って自分のカップを傾ける。そこには茶色の液体がまだ半分近く残っていた。

「僕が来ることを予想していたのですか?」
「さてな」

実に飄々とした態度だ。この分だと見合いの話も本当かどうか。
歴戦の先輩にはまだまだ届かないことを痛感しつつ、名前は悔しがる降谷を横目にコーヒーを飲み始めた。



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